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2021年11月 3日 (水)

ベルナルト・ハイティンクを偲んで ③ LPO

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ハイティンクは、コンセルトヘボウと兼務して、1967年から1979年まで、ロンドン・フィルハーモニーの首席指揮者をつとめました。
ロンドンのオケのなかで、一番オペラを演奏していたロンドンフィルが、オケピットにはいるグライドボーン音楽祭の音楽監督を、それと並行するように、1977年から1988年まで掛け持ちましたので、ロンドンフィルとの蜜月は1988年までと言えるでしょう。

ビーチャムが創設し、ボールト、スタインバーグ、プリッチャードと経てきた、この英国的なノーブルなオーケストラを、オランダ出身のハイティンクが受け継ぎ、フィリップスレーベルへの録音も本格化した。
コンセルトヘボウでのレパートリーをそのままロンドンフィルでも演奏し、レコーディングでは、本格交響曲をコンセルトヘボウで、管弦楽曲をロンドンフィルで、というような振り分けだった。
しかし、ロンドンフィルとの関係も密になるにつけ、コンサートと並行して、交響曲、そしてグライドボーンでのオペラを録音するようになり、そのレパートリーも格段に広くなった。

アムステルダムとロンドンを往復するハイティンク、たしかレコ芸の記事だったか、ハイティンクの二都物語とされるようになりました。

ロンドンのオーケストラは、英国音楽ファンでもあるので、いずれも好きですが、ロンドンフィルはハイティンクのおかげもあって、一時、一番好きなロンドンオケでありました。
実際、ハイティンク時代がこのオーケストラの黄金期かと思います。
70年代後半、このオーケストラは、各レーベルでひっぱりだこで、ヨッフム、のちに首席となるショルティとテンシュテット、ジュリーニ、ロストロポーヴィチ、サヴァリッシュらとたくさんの録音を残してます。
コンセルトヘボウと同じくらいにロンドンフィルを愛したハイティンクの思い出の音源を以下羅列します。

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  リスト 交響詩 全集

    (1969~71年 @ロンドン)

レコード時代に「前奏曲」の入った1枚を、CD時代にはWシリーズの2巻、すなわち4枚のCDにわたるリストの交響詩全曲の初録音です。
ブルックナーやマーラーの全曲録音をしつつ、リストの全集なんて、誰も手掛けなかったことをなしたハイティンク、そしてフィリップスレーベルのすごさ。
コンセルトヘボウでも聴いてみたかった感はありますが、ロンドンフィルのいくぶん、くすんだ響きが実に効果的に機能している。
有名な交響詩以外も、この演奏で聴くと、どこかで聴いたような懐かしさを覚える。
リストの曲って、ワーグナーとブルックナーの要素が満載なので、そんな気分になるのだろうか。
シンフォニックな硬いくらいの演奏で、しかも曲も演奏も渋いこと極まりないが、これがハイティンクとロンドンフィルの最初の頃の個性だったのかも。
大向こうをうならせるような仕掛けや、演出は一切なしで、楽譜の再現のみをそっけないくらいに高水準の演奏でもってやってみた感じ。
しかし、何度聴いても、覚えきれないリストの交響詩であります。
 ブレンデルとのピアノ協奏曲も、交響詩の余勢をかって録音されました。これも名演。
フィリップスレーベルのロンドンでの録音も重厚かつ明晰でよい。

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   ホルスト 組曲「惑星」

         (1970.3 @ウェンブリー、タウンホール ロンドン)

     R・コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」

        Vn:ロドニー・フレンド

       (1972.1 @ウォルサムストウ、ロンドン)

管弦楽曲の名曲ふたつ。

ロンドンフィルの十八番に乗ったかたちで、ハイティンクの惑星。
オーケストラピースとしての面白さゼロ、惑星ブームは、こののちにメータの録音でやってくるが、その前のハイティンクは重厚な造りで、格調高く、紳士的な英国音楽としての尊厳を持って指揮しているようだ。
惑星ごとの標題的な演奏ぶりでないので、木星のあの有名になったフレーズもいがいにあっさり。
火星の攻撃性も少なめだけど、オルガンがどっしりとなるのは、このハイティンク盤が随一かも。
そして、歳を経て、金星の抒情の煌めき、土星の憂鬱さと暗澹さのなかにある深刻さ、このあたりがハイテインク盤は実にいいと思うようになった。

シェエラザード、こちらもストーリーテラー的な面白い、絢爛豪華な演奏じゃない。(過去blogより転載)
誠実に譜面どおりに音楽を再現してみせた結果が、落ち着いたたたずまいの、ノーブルかつ渋めの「シェエラザード」となりました。
ことに、第3曲「若い王子と王女」は、ロンドンフィルの弦の美しい響きをあらためて体感できる。
このときのコンサートマスター、ロドニー・フレンドのソロが、しとやかかつ繊細で美しいヴァイオリンを聴かせます。
フレンドさんは、のちにニューヨークフィルのコンサートマスターに引き抜かれますが、ロンドンフィルの黄金時代は、このフレンドがいたハイティンクの頃だと確信してます。

コンセルトヘボウでも聴きたかった「惑星」と「シェエラザード」

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  ストラヴィンスキー 三大バレエ

     (1973 @ウォルサムストウ、ロンドン)

ハイティンクとロンドン・フィルの評価を確定付けた録音が、ストラヴィンスキーの3大バレエ。

ハイティンクの「ストラヴィンスキー三大バレエ」は、90年頃の、ベルリンフィルとのものは実は未聴。
レパートリーが広く、どんな曲でも器用にこなすことができるハイティンクにとって、ストラヴィンスキーは、若い時から、お手の物で、コンセルトヘボウでも、30代の若き「火の鳥」の組曲版が残されてます。
当時の手兵のひとつロンドンフィルとも絆が深くなり、こちらの演奏は、思わぬほどの若々しさと俊敏さにあふれ、ダイナミックで、表現力の幅が大きく、それでいて仕上がりの美しい、完璧な演奏になってます。
LPOのノーブルなサウンドは、コンセルトヘボウと同質な厚みと暖かさを持っていて、ハイティンクとの幸せなコンビの絶頂期と思わせます。
全体の色調は、渋色の暖色系。
品がよすぎると言われるかもしれないが、ハルサイなんて、暴れるとこは適度に荒れていて、リズム感も抜群であります。

英国・蘭国紳士がじっくりと誠実にハルサイに取組み、一筆書きのように見事な書体で聴くものをうならせてくれる演奏。
この演奏はマジで素晴らしいと思う!(過去記事より)

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  エルガー エニグマ変奏曲

    (1973.5 @ロンドンたぶんウォルサムストウ)
    (1986.8   @ロイヤル・アルバートホール

こちらも、オケの十八番の作品。
44歳のハイティンクと57歳のハイティンク。
演奏時間も、30分と32分で、この差は恰幅のよさと、丁寧な歌いまわしの差に出ています。
旧盤は、コンセルトヘボウでとの「ドン・ファン」とのカップリングで、これが出た時、レコ芸では、ふたつのオケを振り分けた、ハイティンクの頭の良さが云々というような妙な評論でした。
むろん、推薦盤にはならず、準推薦で、手放しの評価でなかったです。
CD化されたときは、「英雄の生涯」との組み合わせで、こちらの方が曲のイメージにあった選曲だし、CDならではできたことですね。
ふたつのエニグマ、どちらも好きです。
より渋いのは旧盤のほうで、各変奏曲を特徴づけたり、イメージを際立たせることなく淡々としてますが、全体感で見て味わうと、一陣の風が爽やかに吹き抜けるような爽快な演奏に感じます。
新盤は、冒頭のテーマからして、よく歌わせていて、そっけない旧盤との違いは歴然で、ニムロッドのじわじわ感も新盤の方に軍配があがります。
でもホールの違いか、新盤の方が音が明るく、くすんだ雰囲気の旧盤の方も捨てがたい魅力を感じます。

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  ベートーヴェン 交響曲全集

     (1974~76 @ワトフォード、タウンホール)

          ピアノ協奏曲全集

       Pf:アルフレート・ブレンデル

     (1975~77 @ウォルサムストウ)

そして出ました、ハイティンクとロンドン・フィルのひとつの完成形ともいえるベートーヴェン。
協奏曲も含めたベートーヴェンチクルスを演奏会で取り上げつつ録音。
ブレンデルのピアノともどもに、同質化した、いぶし銀的なベートーヴェン。
たっぷりとしたオーケストラの鳴らし方、コンセルトヘボウにも負けていない豊かさが、ロンドン・フィルにもあり、隅々までよく響いているし、音の立派さに圧倒される。
中庸の美も、ここに極まれりの感あり。
奇数番号も偶数も、どちらも自然で、ベートーヴェン演奏の理想的なものではないかと思うし、なによりも安心して聴ける。
コンセルトハボウとの再録とともに、大切なロンドン・フィル盤。
アラウ、ブレンデル、ペライア、シフと4人のピアニストたちとベートーヴェンを録音したハイティンク。
ほかのピアニストとの演奏、全部は聴いてませんが、交響曲の演奏と同じように堂々としつつ、リリシズムにもあふれたブレンデル盤が一番好き。

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  メンデルスゾーン 交響曲第1、3、4、5番

       (1978~79 @ロンドン)

シャイーの2番「賛歌」以外のメンデルスゾーンを担当することとなったハイティンク。
これら4曲が、シャイーの勢いと早春賦が青臭く感じられてしまうほどだった大人の落ち着きあるメンデルスゾーンとなったハイティンク盤。
これらのメンデルスゾーンは、コンセルトヘボウじゃなくて、ロンドン・フィルであったことが、当時あたりまえに感じられたし、聴く側もロンドン・フィルであることを納得して聴いたものだった。
若々しい情熱ある1番、まさに、スコッチのいぶし銀3番、すこしもイタリアンじゃない堂々とした4番、ロマンとゴシック感あふれる正統派的、清らかな5番。
サヴァリッシュ、アバド、ともにメンデルスゾーンはイギリスのオーケストラだった。

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  ショスタコーヴィチ 交響曲第1~4番、7、9、10、15番

そして、ショスタコーヴィチの交響曲全集を目指して最初の相手はロンドン・フィル。
LPOとは、1977年から1981年まで、その81年からはコンセルトヘボウにシフト。

シンフォニストとしてのショスタコーヴィチ、最初はマーラーの延長のようにして、ハイティンクの10番や4番、15番を聴いたものだ。
譜面の忠実な再現にこだわるという点で、最初はロンドン・フィルのニュートラルな音色がハイティンクのショスタコーヴィチには、結果的には必要だったのかも。
79年録音の7番「レニングラード」あたりからアクセルがかかり、あの1楽章の行進曲のような繰り返しが、ちっともこけおどし風にならず、堂々たる音楽となっていて、聴いた当時、しびれるような快感を覚えたものだ。
デジタル期に入っての1番と9番の、ふたつの小型シンフォニーでも、構えの大きな隙のない完璧な音楽づくりに、ショスタコーヴィチの若書きの作品が大人の作品に、諧謔の第9が8番と10番の間にある作品であって、強い意志を持った音楽であることを、それぞれに感じさせる演奏になった。
コンセルトハボウにチェンジしてからのハイティンクのショスタコーヴィチは、シリアスな作品が残されただけあって、オケの重厚さと濃密さが生かされた演奏になることとなった。
 あと、デッカでの録音はキングスウェイホールとなり、フィリップスレーベルの渋いサウンドから、ちょっと明るめのサウンドに変わった。

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  ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲全集

    (1984~2000 @アビーロードスタジオほか)

円熟のハイティンクにうってつけと思ってたV・ウィリアムズ。
今度はEMIレーベルに16年の年月をかけて録音してくれました。
もちろん、オーケストラはロンドン・フィル。
録音順は、最初は「南極」や「ロンドン」「海」など、標題的な交響曲から始まり、やがてRVWならではの、抒情と幽玄さあふれる作品や、不協和音の横溢する戦時を意識した作品、そしてペンタトニックなムードあふれる曲をとりあげ、ついに多彩な交響曲9曲を完成させました。
弦主体に重厚な音の重なり合い、そこにふくよかな響きと、指揮者とオケの持ち味である渋い色調をのせた理想的なRVW。
今回、抒情的な3番(パストラル)と5番を聴いて、じんわりと感動が高まり、ハイティンクがもうこの世にいないと思ったら泣けてきた。

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Mozart

  モーツァルト ダ・ポンテ三部作(1984~87録音)

グライドボーン音楽祭の音楽監督に並行して就任したハイティンクは、これまでのオペラ経験の不足を一気に解消すべく、ここで幅広いレパートリーをこなして、急速にオペラ指揮者としても大きな存在となりました。
その中核はモーツァルトで、3部作と魔笛は繰り返し取り上げ、同時にPromsでも何度もコンサート形式で上演。
EMIに録音したこれらの演奏は、伝統あるブリティッシュ・モーツァルトの典型で、品格と劇性と笑いのバランスのとれた安定感あるものです。
未CD化のモーツァルト序曲集、映像でも多くあるロンドンフィルとのオペラ。
ハイティンク追悼特集の最後、オペラのハイティンクで取り上げたいと思います。

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2021年10月27日 (水)

ベルナルト・ハイティンクを偲んで ② RCO

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コンセルトヘボウのハイティンク追悼のTwitter記事。

最初はヨッフムのフォローを受けつつも、27年におよぶ蜜月を築いた名コンビ。

交響曲編では、全集づくりを安定的にまかせられる、レコード会社としても、ありがたい稀有な存在としてのハイティンクを書きました。

管弦楽作品では、このコンビならでは個性が、協奏曲分野では、ソリストたちの絶大な信頼を得てました。

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        (画像はいずれも拾い物です)

 シューベルト   「ロザムンデ」

 メンデルスゾーン 「真夏の夜の夢」

    A:アーフェ・フェイネス(シューベルト) 1965年

           S:ラーエ・ウッドランド 

    Ms:ヘレン・ワッツ(メンデルスゾーン) 1964年

60年代のふたつの名演。
単独での再発を予想しますが、年代を考えると録音が実によくて、ここでも安定のコンセルトヘボウ・フィリップスサウンドが聴ける。
同質性のある、ふたつの音楽。
ともに、馥郁たるロマン派の音楽の忠実な再現であります。
重厚に過ぎる面もありますが、それ以上に、いまではとうてい味わえないセピアカラーのヨーロピアンサウンドが味わえます。

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  ワーグナー 管弦楽曲集

     (1974年 @コンセルトヘボウ)

10分の前奏曲に真っ向から勝負して、ひと時たりとも気の抜けたような音がなく、また神秘性も、官能も、祝祭性、崇高さも・・・
みんなありません。
楽譜がそのまま音になった感じ。
それがコンセルトヘボウという美しい織物のような摘んだ響きのオーケストラなものだから、ホールの音色と相まって、独特のユニークなワーグナーになっている。(過去の自分のblogから)
まだオペラをあまり指揮していなかった頃の録音、このあとオペラ指揮者として、急速に経験を積んでいくが、のちの数々のワーグナー録音の萌芽をここに感じます。
マイスタージンガーとトリスタンは、ここではとりわけ素晴らしい。
さらにレコード発売時、レコ芸で評価95点を得た録音がまた素晴らしい。

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   ドビュッシー 管弦楽曲集

      (1976~1979 @コンセルトヘボウ)

   ラヴェル     管弦楽曲集

     (1971~1976  @コンセルトヘボウ)

ハイティンクはドビュッシーとラヴェル、ふたりのフランス人音楽を得意にして、若き日々から晩年までずっと指揮し続けました。
最初に出た、「海」と「牧神の午後」、すり減るほどに聴きました。
柔らかく、ふっくらとした音楽造りに、オーケストラのシルキーな音色、それとフィリップスの豊穣なる素晴らしき録音。
これらが相まって、フランドル調の、いくぶんくすんだ渋いドビュッシーで、ともかく美しい。
絹織の音色たちは、このコンビにしか紡ぎだせないものだった。
「夜想曲」も「映像」もいずれも素晴らしく、ジャケットも素敵なものでした。

そしてラヴェル。
61年にも録音していて、そのうちの「パヴァーヌ」は①で取り上げたアンソロジー集に入ってました。
この旧盤の復刻も期待したい。
ドビュッシーではもう少しくすんだヨーロピアン・セピアトーンを聴かせるが、ラヴェルでは、オランダのカラーとしてイメージされるオレンジ色風の明るさも加えて、落ち着きとあでやかさのバランスの兼ね合いがとても素晴らしく聴こえます。(自身のblogより転載)
小品におけるしゃれっ気も素敵で、重厚なイメージのあるこのコンビの軽やかな一面もうかがわせます。
なんども録音した、ダフニスの全曲が、コンセルトヘボウで残さなかったのが残念ですが、この曲集で自分がことさら好きなのは、「クープランの墓」と「優雅な円舞曲」「マ・メールロア」でございます。

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 R・シュトラウス 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
           交響詩「死と変容」
           アルプス交響曲

   (1973.4 、1981.12、1985.1 @コンセルトヘボウ)

70年録音の「英雄の生涯」もよい演奏で、思わぬ落ち着きと、恰幅のよさに驚く。
英雄の生涯は、ハイティンクがずっと指揮し続けた曲のひとつで、ロンドンフィルとシカゴとでも録音を残し、私もシカゴとの来演で聴きました。
でも、コンセルトヘボウでブルックナーのように再録音して欲しかった。
73年のツァラトゥストラは、あの当時、メータやカラヤンが幅を利かせていて、冒頭の数分ばかりがもてはやされた時代でもあった。
ハイティンクは、冒頭は全体の一部のような扱いで、以外にもあっさり。
聴かせ上手なゴージャスサウンドばかりが評価されていたから、当時は評価はいまいちで、いま現在の耳聴くと、いまや、こんな豊かなサウンドを聴かせるコンビはないから、こちらの方がある意味ゴージャスに聴こえる。
名コンマス、ヘルマン・クレバースのオケの一部を担っていたような存在のソロもいい。

年月を経て80年代のハイティンクとコンセルトハボウのシュトラウス。
CD初期の「死と変容」「ドン・ファン」「ティル」の3曲を収めたものは、レコードで購入したけれど、CD時代では、ツァラトゥストラとカップリングし直したものを購入。
ここでは、ドン・ファンは旧録音の71年盤に入れ替えられ、ティルは省かれた。
未取得の「ドン・キホーテ」とともに、いつかは手に入れねばと思ってる。
しかし、「死と変容」が滴り落ちるような濃密な豊穣サウンド満載で、これぞ、シュトラウスだと思わせる。
グライドボーンでオペラの指揮もするようになっていたハイティンク、モーツァルトやシュトラウスを盛んに取り上げていた。
そんな経験も上増しされ、純音楽的なアプローチに加え、豊かな歌と劇的な要素をその解釈により加味するようになり恰幅が一段と増した。
音の響きに埋もれてしまい散漫になりがちなこの曲に、一本、筋がピシリと通っている。
金管の咆哮も刺激的でなく、ティンパニの連打も耳に心地よい、録音のよさも演奏を引き立てている。

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さらに名演・名録音、このコンビの最大傑作のひとつが、アルペン。
堂々たるテンポが実いい。
テンポばかりでなく、ここでも音のひとつひとつが充実してやはり密度は濃い。
このようなアルプスのごとき威容を前にして、聴くこちら側も背筋がキッチリと延びる思いだ。
標題音楽でありながら、交響曲であるというこの楽譜を信じ、正面から堂々と向き合った演奏で、全体の構成感も完璧だし、各処を見れば、登山・下山の楽しみ、スリル、絶景をそれぞれに味わわせてくれる。
ハイティンクの丹精な音楽が、この時期、コンセルトヘボウとの長年の結びつきの完成形でもって巨大な音楽芸術を築き上げたと確信したものです。
何度も言うけど、ホールの響きを豊かにとらえつつ、低音から高域まで、実に音楽的に鳴り響くフィリップスの録音がまた実に素晴らしい。
よき時代であったと、つくづくと思う。
そして、アルペンの終盤では、しみじみと回顧をすることとなりました。

ハイティンクは、アルプス交響曲をよほど得意にしていて、ロンドン響とも再録音してます。
promsでのウィーンフィルとの演奏、シカゴの定期での演奏、いずれも録音してます。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

協奏曲の録音がやたらと多いのも、このコンビならでは。
フィリップスレーベルの看板奏者たちの協奏曲録音は、ハイティンク&コンセルトヘボウか、コリン・デイヴィスが起用されることが多かったからだけど、いろんな奏者たちから声がかかり、他のレーベルにも録音をするようになったのが80年代以降。

アシュケナーが協奏曲で共演したいのは、オーマンディとハイティンク、プレヴィンと語っていた。
奏者を重んじ、その演奏に寄り添い、そして柔軟に、完璧に付き添ってくれる指揮者として。
オペラ指揮者としても大成したハイティンクについても、あてはまることだと思うし、ある意味オペラ指揮者としては、その先の突き抜けたような独裁的な統率力のようなものがなかったこともわかります。
ちなみに、同様に協奏曲の共演で、ひっぱりだこだったのは、アバド、マリナーもそうでした。

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  ベートーヴェン/ブラームス ヴァイオリン協奏曲

     Vn:ヘンリク・シェリング

      (1973.4 @コンセルトヘボウ)

シェリングの数度の両曲の録音の最充実期、最後の正規録音。
もうね、ソロもオケも立派すぎて、あたりを振り払うくらいの恰幅のよさと、音の豊かさにあふれてる。
おおらかさを感じる大人の演奏。
しかし、決して緩くなく、厳しさに裏打ちされた求道的な一途さもあり、曲の本質をとらえてやまない、シェリングとハイティンク。
あと、メンデルスゾーンとチャイコフスキー、バルトークの録音もあります。
そちらは、ロマンの息吹きがちゃんとあります。
ベートーヴェンとブラームス、コンマスのクレバースをソロにした録音もありまして、こちらはまだ未取得ですが、きっと家族風呂のような親密な演奏なんじゃないかと思ったりもしちゃってます。

ベートーヴェンとブラームスのピアノ協奏曲は、アラウとの共演がありますが、ペライアとのベートーヴェンともども、いまだ未視聴、次なる課題です。

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  ブラームス ピアノ協奏曲第1番/第2番

    Pf:ウラディミール・アシュケナージ

    Pf:アルフレッド・ブレンデル

     (1973、1981 @コンセルトヘボウ)

ハイティンクにうってつけの、ブラームスの協奏曲。
コンセルトヘボウとは、こちらのふたつの音源、アシュケナージとの81年、ブレンデルとの73年の録音。
さらに、アラウと、60年代にベートーヴェンとともに録音。
ともにハイティンク向きのシンフォニックな規模の大きな作品ゆえに、文句なしの柔和かつ強靭な演奏です。
ハイティンクの個性としては、2番の方が向いてますし、ウィーンフィル・アシュケナージの演奏が最高です。

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 ラフマニノフ ピアノ協奏曲 全曲

   Pf:ウラディミール・アシュケナージ

     (1984~1986 @コンセルトヘボウ)

ピアニストとしても、指揮者としてもラフマニノフすべてを録音したアシュケナージが、プレヴィンとの録音のあと、2度目の全曲録音に選んだのがハイテインクとコンセルトハボウでありました。
ハイティンクのラフマニノフはこれ以外になく、交響曲はまったく取り上げなかったが、コンセルトヘボウとのコンビから想像されるとおりの、くすんだ響きと重厚さに、豊麗なるロマンティシズムが感じられる。
重いだけでなく、しっとりと憂いも含んで、唸りをあげるかのような低弦、むせぶようなホルンが素晴らしいが、ロシア風のむせび泣きような憂愁とは異なる品のよさがあります。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2回に分けた、コンセルトヘボウとの思い出の音盤。
声楽作品は、ブルックナーとマーラー以外は少なめ。
ネーデルランドオペラでも、ピットに両者は入っていたのでしょうか不明です。
ハイテインクにとっても、コンセルトハボウにとっても、さらにフィリップスレーベルにとっても、最も幸せな時代だったかと思います。

コンセルトヘボウには、60年代から日本人奏者がたくさん在籍してます。
一番有名なのはヴィオラ首席をつとめた波木井 賢さんで、来日したとき、映像の数々でとても目立ってましたし、ハイティンクの信頼も厚かった方です。
メンバー一覧を調べたら、現在も6人の日本人がいました。
弦が5人、そしてティンパニです!
日本の音楽ファンには、コンセルトヘボウはウィーンやベルリン、バイエルンと並んで大好きなオーケストラですね。

次回は、ロンドンフィルに行きます。

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コンセルトヘボウのサイトにリンクがあったハイティンクの追悼掲示板。

わたくしも、1,029本目の蝋燭を灯しました🕯

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2021年10月24日 (日)

ベルナルト・ハイティンクを偲んで ① RCO

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ベルナルト・ハイティンク(1929~2021)

2021年10月21日、ロンドンの自宅にて家族に看取られつつ逝去。

2019年に現役引退を表明し、ウィーンフィルとのブルックナーの7番を最後に、ロンドンにて穏やかな日々を過ごしていたものと思います。

わたくしのblogをご覧になっている方は、自分のフェイヴァリット指揮者として、4人の名前を何度もあげて記事を書いていることはご存知かもしれません。
クラウディオ・アバドをことさらに愛し、その次に同じくらい長く聴いてきたのが、ベルナルト・ハイティンク、そして、アンドレ・プレヴィンに、ネヴィル・マリナーの4人の指揮者です。
2014年のアバドにはじまり、2016年にマリナー、2019年にプレヴィン、そして2021年にハイティンクと、相次いで物故してしまいました。
ベームやバーンスタイン、ヤンソンスも好きですが、彼らとは違う次元で、ずっと聴いてきた指揮者たちです。

長い音楽視聴ライフのなか、じわじわと来る寂しさと空白感を味わってます。
ハイティンクが指揮してきたオーケストラやオペラハウスの追悼記事を各処見るにつけ、いかに尊敬されていた指揮者か、つくづくと思いました。

ハイティンクの経歴を以前の記事から転載します。

   1929.3.4    アムステルダム生まれ
   1954           オランダ放送フィルにて指揮者デビュー
   1957~1961       オランダ放送フィル 首席
   1961~1988   アムステルダム・コンセルトヘボウ 
                                     主席(64年から音楽監督)   
   1967~1979   ロンドン・フィル首席(芸術監督)
   1977~1988   グライドボーン音楽祭 音楽監督
   1987~2002     コヴェントガーデン歌劇場 音楽監督
   1994~2000    ECユース管 音楽監督
   2002~2005    ドレスデン・シュターツカペレ 首席指揮者
   2007~2008   シカゴ交響楽団 首席指揮者
   2019                 引退
   2021.10.21        逝去 享年92歳 
            

   常連指揮者    ボストン交響楽団 首席客演指揮者        
            ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロンドン響
                                    バイエルン放送、ニューヨークフィル、
            フランス国立管、パリ管、オランダ放送フィル
            ヨーロッパ室内管、モーツァルト管
            ルツェルン祝祭管、チューリヒ歌劇場

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ハイティンクといえば、わたしにはコンセルトヘボウ、追悼第一回目は、コンセルトへボウとの交響曲録音を。

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ハイティンクという名前を覚えたのが、クラシック聴き始めの小学生のとき。
初レコード、ケルテスの新世界を買ってもらったときに、もらったパンフレットの一部がハイティンクのものだった。
69年のロンドン・フィルとの来日にあわせてのもの。
ブルックナーとマーラーってなんだろう、誰だろうと思ったものだし、そんな謎の作曲家のレコードばかりのハイティンクって・・・・
しかし、0番っていったい??と激しく悩んだ小中時代でした。

Haitink-2

これを見て、ハイティンクのハイドンを聴きたくなった方もいらっしゃると思います。
CD化されてないですね。

Haitink

ハイティンクの初レコードは、高校生の時に買った名演集の1枚。
74年のコンセルトヘボウとの来日記念盤だったと記憶します。
コンセルトヘボウの重厚な響きと柔らかさ、ハイティンクの堂々とした指揮ぶりが、これ1枚で楽しめました。
いろんな音楽を貪欲に吸収していた時分、ルスランとリュドミラ、運命の力、モルダウ、死の舞踏・・などなど、毎日聴きました。

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  ブラームス 交響曲第3番/悲劇的序曲

         (1970.5 コンセルトヘボウ)

同じころに買ったブラームスの3番。
73年にアバドとウィーンフィルがやってきて、ブラームスとベートーヴェンの3番を演奏し、テレビで視聴し、アバドの大ファンとなった。
同時に、ブラームスの3番の魅力に取りつかれ、ハイティンクのレコードを買った。
当時は、ちょっとそっけなく、もっとこう歌わせて欲しいなんて思ったけれど、後年、CD化されたもので聴きなおしてみると、オーケストラの持ち味を生かし、弦を美しく響かせることに注力した素晴らしい演奏に思うようになり、このあと録音された、コンセルトヘボウとのブラームス全集は、かけがえのない1組となったのでした。
この全集は、ふくよかな2番が一番素晴らしい。

ハイティンクとコンセルトヘボウは、日本には4回来日している。
62年と68年がヨッフムとともに、あと、74年と77年。
77年の来日を、行こうかなと思っていたものの、大学受験とかあるしで、なんだかんだであきらめた記憶があります。
その時の演目は、先のブラームス3番、海、ベートーヴェン8番、マーラー4番などで、FM東京が放送してくれて、マーラーがたいへん高評価だったが、そのエアチェックテープは消失させてしまった・・・・・

全集魔と呼ばれたハイティンクを、体系的に集めだしたのはCD時代になってすぐに。

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  ブルックナー 交響曲第8番/第9番

           (1981.5、11 @コンセルトヘボウ)

ブルックナー孤高の名作ふたつの演奏で、自分的には、ハイティンクとコンセルトヘボウの2度目の録音が最高だと思っている。
コンセルトヘボウの黄金期を築き上げたハイティンク、このコンビの最良の時期が、70~80年代半ば。
弦の幾重にも重なりあう響きの美しさ、そして低域から高域までのピラミッド構造は安定感と抜群で、作為的なものが一切なく、音楽のみが堂々とそびえたつ感がある。
オーケストラ・ホール・指揮者の個性が三位一体となって、加えてフィリップスの録音とで、最高度に造りあげられた音楽芸術。

ハイティンクとコンセルトヘボウは、このあと8番を2005年にもう一度録音したが、私には、81年盤の方がしっくりきます。
よく言われるように、コンセルトハボウは、ハイティンクからシャイーになって、変わってしまったと。
ここに聴かれるのは、家族のような絆を感じる音楽だと思うのです。

60年から72年にかけて録音された全集も、よくよく聴けば、若気の至りてきな煽りっぷりが顔を出すけれど、コンセルトハボウならでは落ち着いた音色で楽しめる随一のブルックナー全集。
緩徐楽章だけど取り出してそれぞれ聴いてみると、もうそこに感じるのはヨーロッパの景色そのもの。

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  マーラー 交響曲第4番

     S:ロバータ・アレクサンダー

     (1983.10 @コンセルトハボウ)

  マーラー 交響曲第1~5、7、9番

     (1977~87年 コンセルトハボウ)

ブルックナーとともに、マーラーのスペシャリストでもあったハイティンク、早くに交響曲全集を完成させた。
実は、その1回目録音は、全部揃え切れていません。
その後の83年の4番が素晴らしい。
ハイティンクは、マーラーのなかで、4番を一番多く指揮したのではないかと思います。
マーラーの演奏に伝統のあるコンセルトハボウ、ことさら4番は、独特の風味付けがあり、ハイティンクもそれにならい、ときに濃厚な味わいを醸し出しますが、それが実によろしい。
弦は相変わらずに美しく、ビロードのごとく肌触り。
3楽章は、まさに天国的な響きに浸ることができます。
ブルックナー8番と同じように、2006年にRCO独自レーベルに再録音してますが、これまた同じように、こちらの83年の演奏に及びません。

6番と8番を除く、クリスマス当日のマチネライブがまったくもって素晴らしい。
1番のみ77年で、あとは81年から87年までの演奏。
どれも、ライブならではの感興にあふれつつ、いつものハイティンクらしく、真摯にマーラーの音楽に取り組んでいるのがわかります。
演奏時期が、88年のコンセルトヘボウ退任前までですので、このコンビの最良の姿がここに聴かれます。
音楽が、音が、響きが、ほんとうに豊かです。

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 ベートーヴェン 交響曲第9番

  s:ジャネット・プライス A:ビルギット・フィニレ
  T:ホルスト・ラウベンタール Bs:マリウス・リンツラー

        (1980.10 @コンセルトヘボウ)

 シューベルト 交響曲第9番「グレイト」

        (1975.@コンセルトヘボウ)

ふたつの第9、といってもいまやシューベルトは、8番なのか。
この2枚も、わたしには思い出深い演奏。
ロンドンフィルとの全集に続いて、コンセルトヘボウでのベートーヴェンを期待していたが、こちらは全集には続かず、ライブでの単発。
CD初期に、通常4500円もしたのに、3000円という限定価格だった。
ハイティンクのライブ録音は、これが初ではなかったかな?
大編成で堂々と演奏されるこの第9、唯一の不満は、立派すぎることだった。
そのあとの、コンセルトハボウとのベートーヴェン全集は、それこそ、このコンビの集大成のような理想的なキリっとした名演ばかり。
ジャケットが、コンセルトヘボウのホール外観だったのも実によかった。
それもそのはずで、コンセルトヘボウ創立100年の記念の全集でもあり、ハイティンクとコンセルトハボウとの結びつき、音楽監督としての最後の大輪の花だった。

香り高いシューベルトは、このコンビの真骨頂。
無為無策のように何もせずして、音楽的、まるで、スルメのように噛めば噛むほど味わいが増す音楽であり演奏。
ハイティンク向けのこの曲だけれど、このコンセルトヘボウ録音以外に再録音はしませんでした。
手持ちにはベルリンフィルとのライブエアチェックがありますが、こちらの方がずっとステキだ。

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      シューマン 交響曲全集

     (1981~84 @コンセルトヘボウ)

これもまた、ハイティンクとコンセルトヘボウにぴったりの音楽で、すぐさま全集となりました。
木質の音楽、馥郁たる河の流れ。
シューマンの音楽が、こんなに豊かで、隙間なく音であふれているなんて。
これを聴いてしまうと、バーンスタインやエッシェンバッハのシューマンは疲れてしまう。
そしてフィリップスの録音が素晴らしい。
さらに、このジャケットが素晴らしい。
これにデッカのマークは似合わない。

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  チャイコフスキー 1812年、スラヴ行進曲、フランチェスカ・ダ・リミニ

          (1972.8 @コンセルトヘボウ)

  チャイコフスキー 交響曲全集

          (1974~79 @コンセルトヘボウ)

アナログ期の最高のチャイコフスキーを産み出したのは、ハイティンクとコンセルトヘボウ。
1812年の自分にとっての初レコードがこれで、荘厳かつ神々しい純音楽的な1812年。
録音も最高だ!
さらに、スラヴ行進曲も堂々たるもので、この演奏で、この曲の素晴らしさに目覚めたフランチェスカも実にいい。
志鳥栄八郎さんが、ハイテインクはチャイコフスキーを録音するようになったら売れる、と書いておられた。
4番と6番は再録音となりましたが、それらはさらにスケールアップし、全集の手始めとなった5番なんて、とんでもなく美しく、そして堂々とした、自分にとっての超名演であります。
1~3番も、録音とともに最高。
大好きな1番は、いつまでもずっとずっと聴いていたい。
あとマンフレッドまで、ご丁寧に録音してくれましたが、バイロンの荒唐無稽な大叙事詩を、豊穣なサウンドと木目調な響きでもって、刺激臭なく、鮮やかに聴かせてくれてる。
ロシア系の演奏と対局にある、ヨーロピアン・チャイコフスキーの最高峰的演奏と思う。

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 ショスタコーヴィチ 交響曲第8番/第13番「バビ・ヤール」

    Br:マリウス・リンツラー(13番)

      (1982、84 @コンセルトヘボウ)

フィリップス以外のレーベルにハイテインクが録音したのは、デッカへのウィーンフィルとの幻想交響曲。
そして、アナログ末期からデジタル期をまたがるように、ショスタコーヴィチの交響曲をデッカに録音するようになり、ついに全集を完成させました。
ロンドン・フィルと始めた録音は、途中からコンセルトヘボウに切り替え、コンセルトハボウとは、5、6、8、11~14番の7曲を録音。
この全集を目指した録音が始まったとき、私は驚きました。
なんたって、独墺系の大家というイメージが定着していて、チャイコフスキーはともかく、ショスタコーヴィチに取り組むなんて!
77年の10番から始まり、最後は84年の13番。

この頃から、ポスト・マーラーという言葉がささやかれはじめた。
ブルックナーとマーラーの次に来るのは?
その答えのひとつがショスタコーヴィチで、ハイテインクは、ショスタコーヴィチがソ連でおかれた境遇や環境などを踏まえながらも、シンフォニストとして、真正面から楽譜優先でとらえた純音楽的な解釈でもって全集録音を残した。
この姿勢は、ショスタコーヴィチの演奏のひとつの模範解答のようなもので、そのあと続いたインバルやヤンソンスもそうした傾向を踏まえたものだと思っている。

8番は、ハイティンクがショスタコーヴィチの交響曲のなかで、一番数多く指揮してる作品。
曲の持つ深刻さを引き出しつつ、この作品が保ってる交響曲的なかっちりした構成感をみごとに表出してる。
暴力性は少なめ、すべてが正確だけど、マーラーに近い、パッチワーク的なサウンドもきっちり聴かせてくれる。
正規音源はこれひとつだけど、エアチェック・ネットチェックを集めたら、ドレスデン、ボストン響、ロンドン響の演奏もアーカイブできました。
13番のコラージュのような、いろんな心情をまぜこぜにした死や恐怖を背景にした作品でも、ハイティンクは堂々と向き合い、深刻さよりも、譜面に書かれた音楽の忠実な再現に徹している。
結果、その音楽が自ら語りだし、聴き手の想像力を高めるような、押しつけがましさのない、作品本来の姿を見せてくれる演奏となっている。
 ハイティンクのすごさは、こうしたところだとうと思う。

Aco-b

ハイテインクとコンセルトハボウ、次は、管弦楽曲と協奏曲篇です。

長い特集となりそうです。

ベルナルト・ハイティンクさんの魂が、安らかなること、お祈りいたします。

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2021年10月22日 (金)

さようなら、ハイティンク

Haitink-20211021

ベルナルト・ハイティンクが亡くなりました。

10月21日、ロンドンにて、92歳でした。

悲しみの連鎖・・・・

本日は、ブルックナーの7番の2楽章のみを聴いて、ハイテインクさんを偲びたいと思います。

Bruckner-sym7-haitink-1

  ベルナルト・ハイティンク指揮

   アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

     (1978.10 @アムステルダム)

アナログ録音末期、ハイティンクとコンセルトヘボウが、同質的に結びついていた一番、幸せな時期。

ビロードのような馥郁たるコンセルトヘボウ・サウンドが、今日は涙に濡れて聴こえる・・・・・

ハイテインクさんの魂が、安らかならんことをお祈り申し上げます。

週末は、追悼記事を起こそうかと思います。

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2021年10月19日 (火)

エディタ・グルベローヴァを偲んで

Gruberova-1

 エディタ・グルベローヴァが亡くなりました。

2021年10月18日、チューリヒにて、享年74歳の早すぎる死。

とても寂しい。

今朝はやく、訃報を知り、自分の音源の中から、ベルカントの女王と呼ばれた彼女の歌をいくつか聴き、偲びました。

上のニュースは、グルベローヴァが2019年に引退の舞台に選んだ劇場のある、バイエルン放送局の訃報。

下は、同じく、長らく活躍したウィーンのオーストリア放送局のもの。

Gruberova-2

わたしは、残念ながら、その舞台に接することができませんでした。

日本の歌劇団にもよく来日してましたが、残念だったのは、1980年のウィーン国立歌劇場の来演での、「ナクソスのアリアドネ」を逃したこと。
ベームの指揮もさることながら、グルベローヴァのツェルビネッタ、ヤノヴィッツのアリアドネに、キングのバッカスという、錚々たる顔ぶれ。
わたしは、就職の前年で、オペラ観劇なんて状況ではなかった・・・・
 しかし、NHKで放送された音源は、いまでもちゃんと持ってます。

Wien

だから、わたしには最高のツェルビネッタは、グルベローヴァ。

Ariadone_20211019080501

ザルツブルク音楽祭でのサヴァリッシュの音盤は、さらに完璧な歌唱。
唖然とするくらいのテクニックで、やすやすと転がるように歌うグルベローヴァだけど、感性豊かで、無機的になることなく、暖かな歌唱でどこまでも美しく、聴く人に安らぎとある意味、快感さえ与えることになる。

Mozart_zauberflote_haitink

あとは、なんといっても、グルベローヴァの名前を高めることになった、夜の女王。

決して悪い女王と思えなかった、愛情もありつつ、苦しむような女王を歌った。

Gruberova-queen

手持ちのグルベローヴァの音源の一部。
マリア・テュアルダ、ミュンヘンでの最後の演目、ロベルト・デヴリュー、清教徒、狂乱の場、モーツァルト、ハイライト集。

いずれゆっくり聴きたいけれど、R=コルサコフや、こうもりのチャールダシュなど、エキゾチックな役柄も抜群にうまかったし、ステキにすぎる。

大至急に書いてしまった記事ですが、グルベローヴァの死に、一刻も早く、彼女の声が聴きたかったから・・・・・

Csm_ariadne_auf_naxos_gruberova__c__wien
                                                       (Winer Staastoper)

エディタ・グルベローヴァさんの魂が安らかならんこと、お祈りいたします。

(1946.12.22~2021.10.18)

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2021年10月10日 (日)

バックス 交響的変奏曲 フィンガーハット

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賞味期限切れたけど、今年の彼岸花

9月20日のものですが、その1週間前には影もかたちもなかった。

突然、ぐわーっと咲いて、すぐに枯れてしまうのも彼岸花、またの名を曼殊沙華。

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美しいけど、怪しいね、彼岸花。

イギリスにもあるのかな?

アーノルド・バックス(1883~1953)の協奏曲的作品を。

少しの暑さも感じる初秋にふさわしい音楽。

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  バックス ピアノとオーケストラのための交響的変奏曲

      Pf:マーガレット・フィンガーハット

   ブライデン・トムソン指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

    (1987.1.7,8 @オール・セインツ教会、トゥーティング、ロンドン)

バックス中期の名作。
心臓の病持ちであったバックスは、第1次大戦に召集されず、その間、多くの交響詩やヴァイオリンやヴィオラのソナタなどを作曲。
こうした作曲活動のなか、バックスの人生に大きな転換期を告げる、出会いがあった。
妻と子がありながら、ピアニストのハリエット・コーエンと恋に落ち、彼女との関係は生涯続くこととなる。
最初は、いわゆる浮気、やがてその関係が強い友情となり、やがて切り離せない音楽パートナーとなる二人の関係。
バックスのピアノとオーケストラのための作品は5曲あり、いずれもコーエンを念頭に書かれてます。
1948年には、グラスで怪我をしてしまい、右手でピアノが弾けなくなった彼女のために、バックスは左手のための協奏曲を残してます。
 ちなみに、イケメン、バックス、1920年代半ば、コーエンとの関係のほかに、もうひとり、若いメアリー・グリーブスという愛人もできて、彼女はバックスが亡くなるまで尽くしたという。

こんな恋多き、ロマンス多しバックスの交響的変奏曲は、コーエンとの愛の産物のような存在なのですが、その夢幻かつ神秘的な雰囲気からは、甘味な恋愛感情のようなものは感じられない。
1916年より作曲を開始、ピアノ版は1917年に完成、1919年にオーケストレーションを済ませ、1920年に、コーエンのピアノ、ヘンリー・ウッドの指揮により初演。
しかし、スコアは刊行されず、第2次大戦で損傷を負ったりもして、1962年にスコアは復元されされ蘇演。
1970年に、ハットーのピアノとハンドレーの指揮で録音され、これがしばらく唯一の録音だった。
シャンドスのバックス・シリーズを担ったB・トムソンの指揮による1枚が今宵のCD。

ふたつの部分からなり、6つの変奏と1つの間奏曲からなる50分の大曲。

  第1部
   ①テーマ
   ②変奏曲Ⅰ 若者
   ③変奏曲Ⅱ 夜想曲
   ④変奏曲Ⅲ 闘争
  第2部
   ①変奏曲Ⅳ 寺院
   ②変奏曲Ⅴ 遊戯
   ③間奏曲  魔法
   ④変奏曲Ⅵ 勝利

それぞれの変奏曲にはタイトルがついているけど、それと音楽の曲調とマッチングさせて聴く必要もないように思う。
朗々として、そしてかつミステリアス、ケルト臭ただよう、スモーキーフレーバーのようないつものバックスサウンドに身をゆだねて聴くに限る。
バックス研究家は、この作品が、ケルトから北欧へのバックスの志向のターニングポイントになっているとします。

冒頭の主題からして、郷愁さそうバックスサウンド。
オケが懐かしそうなテーマを奏でると、そのあとから、詩的なピアノがアルペッジョで入ってくる。
この雰囲気ゆたかな出だしを聴いただけで、この作品のエッセンスは味わえるものと思う。

1910年に書かれた第1番のヴァイオリン・ソナタから引用も変奏曲のなかにはあります。
このソナタもメロディアスで懐かしい雰囲気なのですが、ピアノと響きあふれるオーケストラで聴くと極めてステキな様相を呈します。
ソナタの冒頭には、イェーツの詩の一部が書かれている。
「A pity beyond all telling is
       Hid in the heart of love」
それと、1916年に書かれた歌曲「別れ」からの引用もあるようで、そちらの曲は、まだ聴いたことがありません。

年代を考えると、古風なバックスの音楽スタイルですが、ともかく美しく、懐かしい。
フィンガーハットの詩情あふれるピアノと、バックスの伝道師、シャープな音楽造りのブライデン・トムソンの指揮が素晴らしい。

バックスの7つの交響曲は、この作品のあとから作曲が始まります。
オペラ以外のジャンルにすべてその作品を残したバックス。
シャンドスレーベルのシリーズは、だいたい揃えました。
DGやEMIなどのメジャーや、メジャー演奏家が決して取り上げない、そんなバックスが好きであります。

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暑さ寒さも彼岸まで、なんてのは今年に限りあてはまらない。

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2021年9月25日 (土)

マーラー 交響曲第10番

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日はたってしまいましたが、9月9日は「重陽の節句」で、旧暦でいくと10月の半ば、その頃の旬のお花は「菊」。
5つあるお節句の最後にあるための行事で、この菊が使われたとのこと。
菊は、邪気を払い、長寿の効能があるとされたところから、重陽の節句でも邪気退散と長寿の願いを込めるとされているのだそうです。

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この日の東京タワーも、6色のカラーで、重陽の節句を祝うライトアップがなされました。

おりからの曇天。

低い雲に、タワーのてっぺんのオレンジ色の光が反映して、とても幻想的なのでした。

マーラー10番、自分のなかで、より理解を深めるため、たくさん聴き、自分のためにもまとめてみました。

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ベルクの「ルル」は、1935年のベルクの死により未完なり、残された3幕は、未亡人の反対を無視するように、密かに補筆完成され1979年に初演された。
その24年前の1911年、マーラーは10番の交響曲の総譜をスケッチ状態でをあらかた残しながら、51歳で亡くなる。
マーラーはアルマに、残したスコアを焼却処分するように言い残したとされますが、アルマはそうはせずに保有した。
このアルマの判断に、われわれ後世の愛好家はどれだけ感謝すればいいんだろう。

1924年、全楽章の自筆資料が出版。

アルマは、クルシェネクに補筆完成を依頼し、1楽章と3楽章だけが完成。

アメリカ人のカーペンターが1949年に全曲を完成、その後6稿まで修正を重ねる。

イギリス人ジョー・フィーラーは、1955年に補筆完成、さらに4稿まで進め、没したあとも第3者が新稿を96年まで手を加える。

イギリスの音楽学者、デリック・クックが、マーラー100年に向けた小冊子作製と10番のお試し演奏的なものにむけた補筆をBBCから1959年に依頼を受ける。
ゴルトシュミットの助けを受け着手してみると、全曲の補筆が可能とわかり、この際全編完成させることとなった。
1,3,5楽章を全曲、2,4楽章は欠落があったので解説でつなぎ、BBCでフィルハーモニーア管の演奏で放送。
しかし、お試しで始めた経緯もあり、存命だったアルマの了解は取っておらず、アルマは再度の演奏を禁じる差し止めを行う。
クックは継続して欠落部を完成させ、1963年指揮者ハロルド・バーンズらが、ニューヨークに住むアルマのもとへ、BBCで放送されたテープと完成された版を持って訪問。
これを聴いたアルマは感激し、さらに終楽章をもう一度聴いて、素晴らしいと感嘆したという。
晴れてアルマの諸諾を得たクックは、全曲演奏可能な第2稿を完成させ、1964年ゴルトシュミット指揮ロンドン響で世界初演。
アルマは、その年の12月に亡くなります。
さらに1972年、クックは第3稿を完成させ、モリス指揮ニューフィルハーモニア管でレコーディングもされた。
クックは1976年に没するが、ゴルトシュミット、コリン・マシューズ、デヴィット・マシューズの3人が、1989年にクックの意匠を受け継ぎ修正を加え第3稿第2版を完成させ、いまのところ、この版が10番のスタンダードともなっている。

クックの初版を聴いて、大いに関心を抱いたアメリカの音楽学者レモ・マゼッティは、一時カーペンターにも協力していたが、喧嘩して自身の手で86年にマゼッティ版を完成。89年に初演、さらにその後マゼッティ第2版が出る。

2000年、ブルックナーの9番を補筆完成させた、二コラ・サマーレとジュセッペ・マッツーカの二人による版が完成。

⑦カステレッティによる室内オケ版、若いユダヤ系指揮者ヨエル・ガムゾウ版など、まだまだ新しい版が出てくる状況。

今回、全部は揃え、聴くことはできなかったけれど、作者亡くなって110年、こうしてまだ新しく耳に響く版が登場する可能性のある曲、なんて夢があるんでしょう。
それもこれも、原曲のマーラーの筆が素晴らしいからです。

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1907年末、ウィーン国立歌劇場を追われ、ニューヨークへ出向き、メトロポリタン歌劇場で活動するようになる。
このとき、千人交響曲も完成するが、この滞在中にマーラーは、忘れえぬ体験をする。
火事で殉職した英雄的な消防士の葬列を、ホテルの高層階の窓から見聞きすることとなった。
軍人などへの弔意は、空砲を打って示す場合があるが、ニューヨークの街中では、それはできず、大太鼓に布をかけて鳴らした。
それを見て、聴いたマーラーは涙したそうだ。
アルマの著作によると、「消音を施したドラムの短い響きの印象はマーラーの心に焼き付いて、のちの10番の交響曲に使われることとなった」とされます。
4楽章の最後と、5楽章の冒頭での大太鼓の一撃。
補筆完成版が、前述のとおりまとめてはみたものの、いまだによく把握できてないワタクシですが、太鼓を省略したり、太鼓のたたき方も版によってそれぞれ。
漫然といつも聴いてしまう自分なので、版による違いなんて、ここに詳細は説明できませんです。

消防士追悼の太鼓を聴いたのが1908年2月、春・夏はヨーロッパで「大地の歌」を作曲、秋・冬はアメリカのシーズンでオペラとニューヨークフィル。
翌1909年の夏には、トプラッハで第9交響曲をだいたい仕上げ、秋にニューヨークで完成。
こんな風に、半年交代でヨーロッパとアメリカを行き来し、忙しい指揮活動と作曲活動を併行していた。
1910年夏、同じようにトプラッハで10番の作曲を始め、9月には千人交響曲の初演の指揮を行い大成功。
その年の夏に、10番の作曲に挑んでいた頃、アルマは建築家グロピウスに出会っていた。
グロピウスはアルマに求愛し、マーラーのもとに帰っていたアルマを追ってやってくる。
二人の関係を悩み苦しんでいたマーラーは、多忙もたたり体調もすぐれず、フロイトの診断を受けたりで心労は多大であったろう。
10番の完成はそのままに、アメリカに戻り、ニューヨークフィルとの演奏に埋没するが、1911年2月敗血症により倒れ、4月にパリを経由してウィーンに帰宅。
5月18日死去。

今回、こうしてマーラーの最後の4年ぐらいを紐解いていて、悲しくなりました。
全霊を込めて作曲し、指揮をし、そして妻を愛したマーラー。
第三者の手を経たとはいえ、マーラーがこんな風に完成させたと思われる10番が、ほんとに愛おしく思えます。

最近聴いた2枚のクック第3稿第2版によるアメリカの演奏をメインに取り上げてみました。

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  マーラー 交響曲第10番 嬰ヘ長調(クック第3稿第2版)

    オスモ・ヴァンスカ指揮 ミネソタ管弦楽団

          (2019.6 @オーケストラホール、ミネアポリス)

シベリウスの専門家みたいに思ってたヴァンスカさん、ミネソタ管とマーラーシリーズに取り組んでおられた。
不覚にも、この10番が初ヴァンスカ・マーラーでありました。
これが実によろしい。
構えることなく、自然体で、9番のあとにくる10番としてのマーラー作品を、誠実に、全身全霊でもって取り組んでいるのがわかる。
ミネソタ管の労使対立にともなう楽員解雇問題で、辞任して身を挺して抗議したヴァンスカさん、問題決着後、再びミネアポリスに戻り、楽員との結びつきを強めた。
そんな指揮者とオーケストラの信頼の証のような、隙のない緻密かつ、美しい演奏。
手の内に入ったシベリウスの演奏と同じように、シベリウスとはまったく違う音楽のマーラーの語法を完全に納め、音の隅々まで目を光らせ、すべてが効果的に機能している感じで、クック版の代表的な演奏として、いやマーラーの思った10番の姿として万全なものだと思う。
4楽章の最後にちゃんと大太鼓あり、録音も極上でズシンとよく響いてくれる。
(太鼓の音はレヴァインが一番好きだったりします)
ヴァンスカさん、来年の任期でミネソタ管を去るようで、ソウルのオケも兼任中なのでどうなりますか。

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  マーラー 交響曲第10番 嬰ヘ長調(クック第3稿第2版)

   トーマス・ダウスゴー指揮 シアトル交響楽団

      (2015.11.19~22 @ベロニア・ホール、シアトル)

デンマーク出身のダウスゴーにはまり中。
集中して集めてます、シューベルト全曲に、ブラームスにブルックナー、チャイコフスキーにドヴォルザーク、ワーグナーにシュトラウス、そして同郷のランゴーなど。
BBCスコテッシュの指揮者も務めているので、BBCでの放送も多く、かなり録音して聴いてきたし、2019年の同響との来日では5番の交響曲を聴くことができた。
いつものとおり、速いテンポをとり、ずばずばと切り込みつつ、情念的なマーラーとは一線を画した清冽かつ明快な演奏。
細部への目の通し方も配慮が行きとどいているのもダウスゴーならではで、透明感あふれるなかに、抒情的な場面を見事に引き立てる。
終楽章の最後のカタストロフィのあと、静寂ななかに淡々とあの美しいフルートで奏でられた旋律が流れ、じわじわと感銘が忍び込んでくる。
そして愛の叫びのような弦のユニゾンに思い切り落涙することとなる。
この透徹した演奏の先に、新ウィーン楽派たちの音楽を見ることも・・・・・
こちらも録音がよろしく、シアトル響のCDはすべて高音質優秀録音で、容赦ない大太鼓がドカンときます。
個人的にダウスゴー盤がいまは一番好き。

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・レヴァインはフィラデルフィア管ととんでもなく美しい10番を残してくれた。
いい時期に録音してくれたものです(78、80年クック第3稿1版)

・ラトルは録音がイマイチなベルリンフィルより、若武者ぶりがたくましいボーンマス響の方がいい。
4楽章最後の太鼓はなしだが、カッティングのせいか、5楽章頭にきてる。(クック3稿1版)
ラトルには、バイエルンで再度、ついでにマーラー全曲もやってほしい。

・ザンデルリンクは東ドイツ時代の太くてたくましい演奏だが、独自の解釈もあり、いまでも新しい風が吹いてる感じ。(クック3稿1版)

・インバルは、都響のものは未聴で聴いてみたい。92年録音は以外と無難な感じなので(クック3稿1版)

・ハーディング&ウィーンフィル、この曲の決定的な名演だし、この演奏で私も10番に目覚めた。
ウィーンのオケなところも魅力で、スタイリッシュなハーディングの指揮にもその音色がぴったり(クック3稿2版)

・セガン盤は、気ごころしれたモントリオールの仲間たちと、美にこだわったような演奏。
いろいろ聞いたけど、ちょっとカジュアルに、そしてビューテフルに過ぎるかとも思うようになった(クック3稿2版)

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セガン氏は、長く務めたロッテルダムフィルで、自分の好きなレパートリーを多く取り上げ、DGからアンソロジー的な一組を出しました。
この10番を始め、ブルックナー8番、ショスタコ4番など、重量級の演目。
モントリオールが2014年、こちらのロッテルダムが2016年だが、あまり演奏は変わらない感じ。
わかりやすい音楽を作るセガンらしく、10番の最大公約数的な演奏だけど、ロッテルダムは、映像でも視聴出来て、没頭して指揮する姿やオケの前向きな姿勢などを見ながら聴くとまた違った印象を受けます。

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セガン氏、10番がよっぽど得意なようで、ロッテルダムの翌年、今度はバイエルン放送響で取り上げました。
前半がエーベルレのヴァイオリンでベルク、後半がマーラーです。
こちらは映像で視聴してますが、やはりミュンヘンのオーケストラは素晴らしく、これまでのセガンの演奏の数倍オケが力を与えてます。
オケの優れた機能性を得て、表情豊かにヴィヴィッドな演奏を繰り広げていて、全体に明るさと、暗さと、虚無感、寂寥感、いずれのいろんな感情を披歴してくれるように感じます。
フィラデルフィアでも10番を演奏しているようなので、いずれの日にか、もっとさらに熟した録音を残して欲しいものです。

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クック版を選択しなかった指揮者たちによる演奏。
もうね、こんだけあると、まとめて聴いてもなにがなんだかわからない。
10番漬けの日々から解放されたいので端折ります。

・賑やかでお笑いも含むとされるカーペンター版は未聴。

フィーラー版、オルソン指揮のポーランド放送オケがちゃんと入手できる唯一の存在。
打楽器がいろんなところに(1楽章さえ)顔を出し、戸惑いは隠せないが、存外にマーラーっぽくて、大地の歌と第9の流れに存在する音楽と感じさせる。

・マゼッティ版の第1版は、スラトキンの指揮。
打楽器による補強が多々あり、薄いとされるクック版を分厚さで補った感じだけど、賑々しさも伴うことに。
スラトキン自身の解説による各版の違いの演奏付き解説など、これはとてもありがたい。
セントルイス響が一番うまかった時期の録音(94年)

・マゼッティ版第2版のロペス・コボス&シンシナティ響は2000年の録音。
打楽器の多用を抑制し、こちらはかなり落ち着いた感じになった。
最期のカタストロフィで思い切りシンバル叩き、最後の盛り上がりでもドロドロと太鼓が鳴る、そんな1版より、効果を損ねるものは抑制され、すっきりした感じだ。これは好きかも。
初のリング通し体験をさせてくれたロペス・コボスも、いまは故人となった。
シンシナティ時代のブルックナーやマーラーを聴き返したいと思ってる。
わたしのワーグナー体験の恩人のひとりだ。
そんなことを思い、ラストシーンを聴いてたら泣けてきた、コルンゴルトみたいな感じ。

・サマーレ&マッツーカ版によるジークハルトとアーネムフィルの演奏。
なんたって録音が優秀、でも版はクック版をベースにして、重層化した感じにとどまるかな。
マーラー風と最初は思ってたけど、でも、今回、数回聴いてこれもありだなと思うようになった。
このあたり、演奏の練度によって将来変わってくると思うが、しかし、世の中はクック3-2が主流になっていくんだろうな・・・・

・と思っていたら、出てきたガムゾウ君。
イスラエル出身の若手指揮者で、今年まだ32歳。
23歳のときに、10番のガムゾウ版を作り上げ、2010年に初演。
CDは持ってないけど、2019年8月のブレーメン・フィルとの演奏をドイツ放送のネット放送で録音しました。
こりゃ驚きました。
トランペットソロが、まるでジャジーな吹き方をしてびっくり。
ニューヨークでマーラーはジャズを聴いたのか。。。と思わせるほど。
でも、全体にお遊びは少なめで、かなり真摯なマーラーが出来上がっていて、きっと少年時代からマーラーを聴き、心酔し、一体化してしまったであろうほどの堂に入った補筆稿であると思うし、のめりこんだような熱く夢中の演奏なのだ。
youtubeにガムゾウ氏がカッセルのオケを指揮した10番があがってます。
カメラワークが最悪で、譜面を持たない(読めない?)カメラマンだと思われ、かなりイライラ感が募りますが、若いガムゾウ君の指揮姿が面白い。
汗だくで、ショルダーベルトをしないものだから、白シャツがズボンから丸々出ちゃってる。
見ていて、マーラーもさもあらんと思い、ガムゾウ君の思いが伝わります。
有能な指揮者でもあったマーラーは、指揮者としての作曲家だったので、ガムゾウの見た10番も、今後進化しそうで楽しみです。
 最近のウィーン交響楽団との共演もあり、コロナ禍のこちらはネット配信用のもので、「魔弾の射手」とコルンゴルトの交響曲(緩徐楽章のみ)が視聴できます。
ポロシャツなので、さすがに大丈夫ですが彼の音楽の志向がわかるというものです。

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この思い出深い1枚も大切です。
金聖響さんが、神奈川フィルの常任指揮者だったとき、マーラーチクルスを敢行し、これは全部聴きましたが、オーケストラにとっても団結と成長の礎となったのでした。
財団法人の見直しにより、多くの債務を抱え存続の危機に見舞われた時期にあたりました。
基金を設立し、オーケストラも、われわれ聴き手も毎月、祈るように存続を願いつつ聖響&神奈川フィルのマーラーを聴いたものでした。
併行していろんなことがあったけれど、音楽面における聖響さんとマーラー、そして神奈川フィルのマーラーへの相性は抜群で、そのラストひとつ前を飾る10番クック版の演奏会に、わたくしは、嗚咽するほどに感動の涙を流しました。
2013年2月です。
2014年には楽団存続が決定し安堵しましたが、不安ななかに、希望を見出すようにして聴いた10番のライブが、日本人演奏として初めてCD化され、あの日の感動の縁を手元に残すことができてほんとうに嬉しいのです。
演奏も集中力を切らさない、緊張と力に溢れたもので、あわせて愛にも満ちてます。

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マーラー10番、次はどんな演奏、いやどんな版が出てくるのか?
時代や、いまをめぐる世界の在り方で、マーラーの音楽の感じ方も変化すると思う。
ブルックナーやブラームスでは、そうしたことは起こりえないとも思う。
ワーグナーは演出が付随するので比較が違う。
だが純音楽であるシンフォニストとしてのマーラーは、その音楽に人間の感情や情緒あって、そのうえで交響曲がある。
だからきっと、これからも、われわれの共感をともにするマーラー演奏はあらわれ、進化していくものと思う。

もっとずっと生きて、元気でマーラーを聴いていきたいと思った。

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2021年9月 2日 (木)

ベルク 「ルル」 二期会公演

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二期会公演、ベルク作曲の歌劇「ルル」を観劇。

昨年、東京文化会館で上演の予定が1年延期して、今度は別株が登場するなか、果敢なる上演。

きめ細かな対策を取り、舞台も絶妙なディスタンスを保った演出で、見事な上演で、その成功を大いに讃えたいと思います。

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文化会館から場所を移して、新宿文化センターで、この昭和感あふれるレンガの建物には、なんと2006年以来15年ぶりとなります。

そのときは、演奏会形式のR・シュトラウスの「ダナエの愛」で、若杉弘さんの指揮による日本初演でした。

約1,600席(ピット使用時)の比較的コンパクトなホールで、客席の傾斜は緩めなので、前の方が大きかったりするとステージに被ってしまい、一部見ずらいこともある。
残念なことに、斜め前にいた座高の高い方が、幕間で空いていたわたくしの前に移動してきてしまい、2幕ではちょっと往生しました・・・・

そんなことはともかく、演出には、ちょっとひとコトありますが、まずもって素晴らしい上演でありました。

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「ルル」は、未完のオペラ。
ヴェーデキントの「地霊」と「パンドラの箱」を原作にベルクが3幕7場台本を書き作曲を進めたが、完成されたのは2幕までで、3幕はショートスコアのみで、オーケストレーション中途となり、ベルクの死により未完となった。
 別途、3つの幕からチョイスした5つの楽章からなる「ルル」交響曲があり、3幕で使用される予定だった変奏曲(ルルの逃亡)とアダージョ(ルルとゲシュヴィッツ伯爵夫人の死)のふたつを、完成された2幕のあとに続けることで初演され、それが2幕版ということになります。

ベルクの未亡人ヘレーネは、第3者による補筆を禁じていたが、実はその補筆計画は密かに進行していて、フリードリヒ・ツェルハによる3幕完成版が1979年に、シェロー&ブーレーズのコンビにより3幕版として上演されました。

12年前に「ルル」を初観劇しましたが、そのときは3幕版(びわ湖ホール)
今回の二期会公演は2幕版での上演でした。

日本での「ルル」上演史 
 ① 1970年 ベルリン・ドイツ・オペラ来日公演 ホルライザー指揮
 ② 1999年 コンサート形式          若杉 弘 指揮
 ③ 2003年 日生劇場/二期会           沼尻 竜典 指揮
 ④ 2005年 新国立劇場            アントン・レック指揮
 ⑤ 2009年 びわ湖ホール            沼尻 竜典 指揮
 ⑥ 2021年 二期会              マキシム・パスカル指揮

         ベルク 歌劇「ルル」

  ルル:冨平 安希子    ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:川合 ひとみ
  衣装係、ギムナジウムの学生:杉山 由紀
  医事顧問:加賀 清孝   画家:大川 信之
  シェーン博士:小森 輝彦 アルヴァ:山本 耕平
  シゴルヒ:狩野 賢一   猛獣使い、力業師:小林 啓倫
  公爵、従僕:高柳 圭   劇場支配人:倉本 晋児
  ソロダンサー:中村 蓉

    演出:カロリーネ・グルーバー

  マキシム・パスカル指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

       (2021.8.29 @新宿文化センター)

二期会のサイトで、演出家グルーバーが、2幕版を採用した理由を語っておりました。
・ベルクが残した真正な部分だけで上演することに意義がある。
・ヴェーデキントの独語が古く、ドイツ人でも難解。
 特に3幕は歌手の負担が大きいため
・共同制作は、多くの歌手を手当てできるアンサンブル劇場でないと難しい
ドイツでは、いろんな意味で、音楽にも真正さを追求する動きがあり、世界的にみても2幕版で上演される機会が増えているとのこと。

3幕で、ベルクが完成できなかった場面で、2幕版で省略されるシーン。
1場:パリでの逃亡生活、賭博、株暴落とさらなる逃亡(登場人物多数)
2場:ロンドンでの娼婦生活、その日の最初の客(医事顧問が演じる)
  ルル、ゲシュヴィッツ令嬢、シゴルヒ、アルヴァらのうらぶれた生活
  客の黒人(画家が演じる)によるアルヴァ殺害

2幕版では、以上が略され、続いて3人目、切り裂きジャック(シェーン博士が演じる)の登場とルルの殺害、帰り際にさらにゲシュヴィッツ伯爵令嬢も殺して去り、彼女は虫の息で、ルルへの愛を歌い幕となる。
  
上記の3幕の省略部分は特に、株暴落シーンなど、雑多すぎるし、人物もたくさん出るので私はいつも困惑する場面なのです。
しかし、今回の2幕版は、音楽としては通例通り変奏曲とアダージョが演奏されたわけだが、舞台ではなにも起こらなかった、と言っていい。

舞台上に女性のマネキンを多く配置し、ルルと同じ姿のダンサーを常に登場させ、ルル本人と対比させている。
マネキンは極度に女性の身体を強調した作りで、さまざまな鬘や衣装をまとい、演出家グルーバーさんの意図は、登場男性やゲシュヴィッツ伯爵令嬢からみたルルを意図しているという。
確かに、ルルを男性たちが呼ぶ名前は、ミニョンだったり、エーファ、ネリーだったりして、要は男性が自分の思いをルルに勝手に押し付けているというわけである。
そして、ダンサーはルルの内面の現れをパフォーマンスしている。
舞台の進行に合わせて、ダンサー・ルルは壁沿いを苦痛に満ちて動いたり、遠くから傍観していたりと、愛やもしかしたら感情の薄いルルの心情を表そうと様々に表現していた。

そして、最後のシーンである。
2幕の終わりで、アルヴァと二重唱を歌ったあと、アルヴァの思い、エーファであり母マリアである、聖母マリアの姿になったルル。
アルヴァはデスクに倒れた(寝た)ままにして、ルルはマリアの姿をかなぐりすてて、スリップ姿となり、虚空を見つめるように舞台を左右にさまよう。
そこに、ルルの内面のダンサーが様々に踊りつつ、ルル本体に近づき、ついには絡み合い、一体化したように表現したと見てとれた。
ここで幕となった・・・・・。

そうなんです、切り裂きジャックは登場しないし、当然に殺害シーンもないし、さらにはゲシュヴィッツ伯爵令嬢も出てこないし、彼女も巻き添え死をくらうことなく、令嬢のルルへの愛の声は、その姿なく流されるのみ。
まだかまだかと待ってた、当然にあるべきシーンがなく、拍子抜けだったと正直言いたい。
だって、衝撃的なフォルティシモでも舞台ではなにも起こらず・・・・・です。

事前に見ていたグルーバーの考えからすると、こういうのはありだろうな、というのが後付け的な感想ではあります。
ファム・ファタールとしての「ルル」の見方は間違っている(それこそが古い)と語っておられます。
当時の家父長制の問題が生んだ女性の悲劇であり、消費される女性に対する反証、そのあたりは、オスティナートにおけるシネマ(上田大樹氏による映像作品)で、ルルの逮捕劇・脱獄などの暗示が、おびただしい数のマネキンの部位が降り注ぐなか表現された秀逸なものであった。
さらにグルーバーによると、ベルクがヴェーデキントの劇をおそらく見たとき、当時の識者が、「女性を好きなように利用できる制度のひどさ」を例えて評論したものに接したかもしれない。
100年前の当時で、そのようなことを、しかも男性がいうと言うことは、大きなことであったが、いまはそれが良い方向になったのか?
今現在、真の意味での男女の平等が達成されているのか?
そうした問題提示も意図していると語る演出者。

極度のフェミニズムには、少し距離を取りたい自分ですが、この演出意図を事前に確認して観劇に及びましたが、さしたる過激さはなく、ただ、ルルの殺害シーンを消してしまったことで、効果としては、どこかぼやけてしまったという思いが強い。
内面のルルと実存のルルの最後の一体化は、わからんではないが、例えば映像作品などで、いくつの演出で見ることができる、「死による浄化」的なものを描いてもよかったのでは。
いや、こんな風に思うことが、ルルを単なるファム・ファタールとしてしか捉えていない、古臭い自分だということになるのか・・・・

あと、ゲシュヴィッツ伯爵令嬢の献身的な愛も、最後に姿を少しでも現すことで、その自己犠牲ともとれる存在で、ルルの内面一体化に華を添えることができたのではないかな、素人考えですがね。
コレラに罹患しながらもルルを救ったゲシュヴィッツ伯爵令嬢は、聖母マリアのブルーの衣装をまとっていたのも意味あることなのだろうか。

舞台全体の印象はシンプルで無駄を省いたスタイリッシュなもの。
ドア付きの稼働する箱、兼スクリーン機能をもった装置がいくつも並び、人物たちは、そのなかで自分の好みのマネキン(すなわち好みの自分のルル)と一緒に、ルルとシェーン博士との緊張のやりとりをのぞき込んだりする。
その箱が動いて、「LULU」の文字を映し出したり、それが「LUST」という言葉に変じたりしていた。
「LUST」、すなわち「欲望」である。

プロローグの猛獣使いのシーンや、場面展開のシーンでは、紗幕がたくみに使われ、観劇するわれわれの想像力を刺激したものだ。

長文となりましたが、1回ではとうてい理解が及ばないし、何度も観てみたい舞台と演出であることは確かだ。

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こうした演出で歌い演じた歌手のみなさんは、ともかくいずれも完璧で素晴らしかった。
12年前のびわ湖ルルで、ルルのカヴァーキャストだった冨平さん、舞台映えするお姿に負けず劣らずの素晴らしい高音を駆使して、同情さそう可愛い女性となってました。
3年前の素敵だったエンヒェン役以来の冨平さん、ただ素晴らしい高音域に対し、中音域の声にもうひとつ力が加わると万全かと思いました。
偉そうなこと書いてますが、コロラトゥーラとドラマティコ双方の難役でもある、このルル役、これだけ歌い演じることができるのは、並大抵のことではありません!

日本人ウォータンとして、最高のバスバリトンと思っている小森さんのシェーン博士も迫真の演技と、ドイツ語の明確できっちりした発声による完璧な歌唱に感銘を受けた。
願わくは、ジャック役でも見てみたかったが。
 このグルーバー2幕版では、おいしい役柄だったアルヴァ役の山本さん、ルル賛美での伸びのある歌かなテノール声は、プッチーニあたりを聴いてみたいと思わせるものでした。
 この演出では、やや影が薄い存在になってしまったゲシュヴィッツ伯爵令嬢の川合さん、3幕版でないとその存在の重さが出ませんが、もっと聴きたい声と、ちょっとセクシーなお衣装も素敵でした。
味のある狩野さんのシゴルヒ、粗暴ななかに力強い小林さんの力業師、リリカルな大川さんの画家、あと存在感があったのは可哀想な学生さん役の杉山さんで少年っぽさ、中性っぽさがよく出ていて可愛かったです。
ちょい役になってしまった医事顧問にベテラン加賀さん、ほかのみなさんも充実。
 演出家の強い意図をしっかり汲んで、しかも困難な環境のなか、練習を積んで見事な成果を結実されたと思います。
もうひとつのキャストと併せて、記録としても映像作品で残して欲しいと思います。

最期に最大級の賛辞を指揮者とオーケストラに。
休憩中、ピットの中をのぞきに行こうとしたら係員に静止されてしまったが(なんでやねん)、第1ヴァイオリンは8挺で、チェロやコントラバスの3~4ぐらいだった。
浅めのピットに、左側が弦、右側が木管・金管、さらに舞台袖に打楽器類ということで、ぎっしりだけど、ホールのキャパや歌手たちへの負担減も合わせた軽めの編成ではなかったかと。
これからの時代、ワーグナーもシュトラウスもこれでいいんじゃね、と思いましたし、聴いて納得でもありました。
 パスカル氏の指揮が、そのあたりを前提としても、実に緻密で抑制力も併せ持ちつつ、劇性も豊かな音楽を作り出していたと思う。
大柄なイケメンさんで、指揮棒を持たず、動きは少なく、オケも歌手たちも指揮者の指先に気持ちを集中させなければならない。
ベルクの微に入り細に入り、なんでも取り入れられた雑多ななかにも精妙さの光る音楽が、最大もらさず再現された。
私がベルクの音楽にいつも求める甘味な、アブナイくらいに宿命を感じさせる音色も東フィルから引き出してます。
ルルとシェーン博士との会話の部分、ラストのアダージョ、もうたまらなくって、わたしは舞台を見つつも、オケの紡ぐサウンドに陶酔境に誘われる思いだった。。。。泣けるぜ。

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私の手元にある「ルル」のDVD、あとメットの上演も。
音源は、ベーム、ブーレーズ、アントン・レックの3つのみ。

この作品は、歌手の技量と演技力の向上とともに、やはり映像で観てみたいもの。

いずれも3幕版ですが、youtubeで観たヴィーラント・ワーグナー演出のライトナーの指揮、シリアのルルによるいにしえ感漂うモノクロ映像がリアルで、もしかしたら初演時はこんな感じだったのか?と思わせるものでした。

2017年、ハンブルクでの上演。
回廊の魔術師、マルターラーの演出、ケント・ナガノの指揮では、斬新な演出が施されたという。
2幕版で、プロローグの場面の自在に動かしたり、最後には、ヴァイオリン協奏曲が全曲演奏されるという大胆さ。
音楽面、ベルクの気持ち的にも、それはありかもの上演。
バーバラ・ブラニガンの身体能力あってのもの。
観てみたい!

かように、まだまだ版や演出の楽しみもある「ルル」。
未完ゆえに、われわれをこの先も悩ませそうであります。

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2021年8月25日 (水)

ワーグナー・テノールをいっぱい聴く

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お盆の前、オリンピック閉会式の日の東京タワー。

ひまわりたくさん、夜でもきれいに撮れました。

デジカメより、スマホの方が簡単にキレイに撮れるという、なんともいえない気分ですが。。。

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自分の愛用するデジカメがもう古いな・・と思う、今日この頃。

でも、古きものにも、良きことあり。

そう、戦後以降からにしますが、ワーグナーを歌うテノールを聴きまくりました。
そっくり、バイロイトで活躍した歌手たちを振り返ることとなりました。
キャラクター・テノールは除外させていただき、主役級を歌う歌手ということで。

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まずは、なんといってもウォルフガンク・ヴィントガッセン
ベームのトリスタンとリングで、ワーグナーにのめりこんでいった私にとって、ヒーロー役はみんなヴィントガッセンだった。
戦前の重ったるい古めかしい歌唱とは、一線を画した気品あふれる歌、ずば抜けた底力あふれる声に、ワーグナーの音楽とはなんたるかを、私の耳に刻み付けてくれた。
ゆえに不器用なところもあり、そこを活かしたオルロフスキー公やローゲなど、味のあるところもみせてくれました。
50~60年代のトリスタンやリングの音源は、ほとんどがヴィントガッセンで、あとはニルソンやヴァルナイだったりします。

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ラモン・ヴィナイは、バリトン→テノール→バリトンと声域を変えて活躍した稀有の存在。
しかも、オテロとイァーゴの両役を持ち役にしていたというマルチぶりで、まさにオオタニサン状態。
トリスタン、タンホイザー、パルジファルなどの音源を聴いてますが、ほの暗い声に帯びる高貴さは素晴らしく、ワーグナー諸役にうってつけ。チリ出身というのも信じられないところ。

ハンス・バイラーハンス・ホップ、ふたりのハンスさんもここに記すべきヘルデンテノールですが、いまの耳で聴くとやや古めかしく感じるかもしれません。

・シャーンドル・コンヤは、ローエングリン、ヴァルター、パルジファルを得意にしたほか、ヴェルデイとプッチーニも持ち役にした、明るめな色調の、いまでも通じる歌唱力を持った歌手だった。
ラインスドルフとのローエングリンは完全全曲盤だし、ボストン響のワーグナーということで貴重な録音。

・ジェス・トーマス、アメリカ出身のヘルデンテノールとして大成功した先人。
アメリカで、大学時代には心理学を専攻していて、その声の良さを認められて歌手の勉強をしたというキャリアの持ち主で、ドイツに渡ってからもイタリアものばかりだったという。クナッパーツブッシュの61年パルジファルでバイロイトデビューしてから、ワーグナー歌手として活躍を始めた。
60年代のトーマスの輝かしさ・神々しい歌声は、いまでもほんと魅力的。

・ジェームズ・キング、トーマスと同じくアメリカが輩出した傑出したテノール。
わたしにとって、P・ホフマンと並ぶ、最高のジークムントで、最高の影のない女の皇帝役。
バリトンからスタートしたこともあるように、やや暗めの声に情熱的な歌唱は、悲劇的な役柄にぴったりだった。
不思議とカラヤンとの共演が音源含めないように思えますが、ジークフリートやトリスタンには挑戦しなかったのもキングらしいところ。
バーンスタインとジークフリートにチャレンジした音源を持ってますが、やはり、キングはジークムントだな。

・ジョン・ヴィッカース、カナダ出身で、最初は医学生を目指した、こちらも変わり種。
強靭な声ではないが、カラヤンに愛され、「完璧なフォルティシモとピアニッシモを兼備したテノール」と絶賛されていたという。
ちょっと褒めすぎとも思うけど、カラヤンやショルティにとって、ワーグナーやヴェルディには絶対になくてはならないドラマテックテノールだった。
バイロイトには、パルジファルとジークムントで、2年しか登場しなかった。
ちょっとクセのある声。

・ルネ・コロ、ヴィントガッセン後、ドイツの生んだ最高のテノールと確信。
オペレッタやポップスからスタートして、トリスタンやジークフリートを歌うヘルデンテノールになった、広大なレパートリーを持つ、知性あふれる美声の持ち主。
ジークムントとローゲを除いて、リエンチまで入れてワーグナーの主要テノールの役を全部録音した唯一のテノール。
コロも、カラヤン、ショルティに多く器用されることで、多くの全曲盤が残されることとなりましたが、私が好きなのは72年にスウィトナーと録音した2枚のCDで、ほぼすべてのワーグナー諸役をここで聴けます。
まだまだ若々しく、やや生硬な感じも残るフレッシュな歌唱は、いまでも素晴らしい。
同じころだと思うが、プッチーニやイタリアオペラのアリアも録音していて、日本では一度も発売されたことがなく、復刻して欲しい。
自慢としては、日本を愛してくれて、多くの実演に接することができた。
タンホイザー、ヴァルター、ジークフリート、パルジファル、ソロで詩人の恋、引退コンサートなど。
トリスタンだけ逃したのが無念なり。

フリッツ・ウール、ヘルミン・エッサー、ヘルゲ・ブリリオート、ジェイムス・マックラッケン、ローベルト・シェンクなどなど、まだたくさん。

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ジーン・コックス、アメリカ出身で、空軍のパイロットで世界大戦にも参戦してたらしい。
ヴィントガッセンのあとの70年代のバイロイトを支えたテノールで、マンハイム歌劇場をずっとホームにして、ミュンヘンでも活躍。
ホルスト・シュタインのリングで、ずっとジークフリートを歌い、唯一の録音であるヴァルターや、パルジファル、ローエングリンも歌っている。
ヴィントガッセンのあと、コックスのジークフリートばかりを聴いて、ワーグナーファンになっていったので、コックスは今でもとても好きです。
厳しい評論筋には、けちょんけちょんにされてしまうけれど、コックスの健康的なジークフリートはクセもなく、明るく爽快で。
最期は、バイロイトで亡くなったというのも、この歌手らしいところです。

・ペーター・ホフマン、スキャンダル的な大騒ぎとなった76年のシェロー・ブーレーズ、フレンチリングで、唯一といっていいくらいに喝采をあびた、ホフマンのジークムント。
バイロイトデビューのホフマンは、陸上競技のアスリート出身で、鍛え抜かれた身体と身体能力の高さも、舞台映えする容姿とともに、その張り詰めたピンとはったストレートボイスは、われわれワーグナー好きを虜にしてしまいました。
ジークムント、ローエングリン、パルジファル、トリスタン、ヴァルターを歌い、タンホイザーはバイロイトでも記録がありません。
実演は聴けなかったけれど、コロとともに、私の大好きなワーグナー歌手です。
パルジファルで、実際の槍をを手で受け止めたのは、ホフマンならでは!

・スパス・ヴェンコフ、法律家、ヴァイオリニスト、スポーツ選手などの多彩な顔を持つブルガリア出身のテノール。
東側だったこともあり、西側へのデビューはやや遅れ、なんといっても、カルロス・クライバーのトリスタンの3年目を救ったヴェンコフ。
突如現れたヴェンコフの力強い声に、当時大いにしびれたものです。
日本にも何度か来日してますが、ブロムシュテットとN響のワーグナーコンサートを聴いた覚えがありますが、ごく少しの登場で、トリスタンとタンホイザーのほんのさわりみたいに記憶します。席が遠く、記憶もちょっと曖昧なのが残念。
ウィーン国立歌劇場のトリスタンで登場を予告されながら、降りてしまったのも残念な思い出です。
やや陰りを帯びた銀色のような声のヴェンコフのトリスタンは、やはりいまでも素晴らしいと思います、特に3幕。

・マンフレート・ユンク、地味ですが、ジーン・コックスと同じように、この歌手もバイロイトのジークフリート役を長く担当し、急場を救った人です。
ブーレーズのリングの2年目から、ショルティ、シュナイダーのリング、パルジファル、さらにはローゲにミーメまで、長らく活躍。
親しみやすいほっこりした声は、健康的なジークフリートだったし、無垢のパルジファル、さらには味わい深いミーメなど、忘れがたい歌手のひとりです。

・ライナー・ゴールドベルク、本番に弱いとかさんざん言われ、実際、大きな舞台でやらかしてる。
ショルティのバイロイトリングでも降りちゃったし、マゼールのウィーン国立歌劇場音楽監督就任のタンホイザーでも不調だった(と読んだ記憶あり)。でもレコーディングには恵まれ、レヴァインやハイティンクのリングにも登場。
やや、喉に詰まったような硬質な声だけど、力強さとハリのある高音はなかなか魅力的で、私はスウィトナーのマイスタージンガーでのヴァルターを観劇してます。(そのときの、アダムとシュライヤーが最高だった)

・ジークフリート・イエルサレム、ファゴット奏者からヘルデンへ。
フローや水夫などの軽い役からスタートし、ローエングリン、パルジファル、ジークムント、そしてその名の通り、ジークフリートやトリスタンへとステップアップしていく様子を、バイロイト放送や多くの録音を通じて、つぶさに体感できた歌手で、この人も自分には親しい存在。
ソロアルバムは、デビュー時に1枚あるのみかもしれないが、CD化されてない。
この人は舞台で燃えるタイプだと思います。丸みを帯びた力強い声は、ハマるとしびれるような興奮を聴き手にもたらしてくれる。
ベルリン・ドイツ・オペラのリングでは、ジークムントを聴いてますが、ともかく凄い熱演・熱唱でした。
降り番のときに、ロビーで談笑するその真横に立ちましたが、ともかく背が高い!
あともう一度、ジークムントは、リザネックとの共演で、ガラコンサートで経験。いい思い出です。

Wagner-3

・ヨハン・ボータ、90年代に突如あらわれた南アフリカ出身の歌手。
イタリアオペラも全般歌い、シュトラウス、ワーグナーも等しく歌い、レコーディングも多い。
クリアボイスで抜けのよい高音域は魅力的だったが、早逝が悔やまれる。

・パウル・フライ、アイスホッケー選手だった変わり種。
ヘルツォーク演出の冬のローエングリンをずっと担当し、その時期はレコーディングもそこそこあり。
この歌手もクリアボイスで、やや頼りなく感じるナイーブなローエングリンだった。

・トレステン・ケルル、ドイツ出身で、死の都のパウルのスペシャリスト(と思ってる)
ややこもった声ながら、バリトンがかった中音域から低域の暗めな響きが魅力的。
そこから、エイっと引き上げる高音域が特徴で、かつてのジーン・コックスを思わせる。
タンホイザーもあたり役。死の都、カルメン、グレの歌などを実演体験済。

・ジョン・トレレーヴェン、英国産のヘルデン。
ラニクルズのトリスタンのみが全曲録音で、なかなか聴かせる中音域は、3幕での破壊力が最強だった。
新国のイドメネオで実演体験済み。
戦前のテノールがよみがえったような感じ、でも悪くない。
新国でジークフリートを歌ってる。

・ポール・エルミング、デンマーク出身。
バリトンからスタートしただけあって、余裕のある低中音域をベースに、輝かしい高音域はとても魅力的だった。
ジークムントとパルジファルでバイロイトを支えた。
私も、両方のタイトルロールを実演で聴けました、とても好きな歌手です。
アンフォールーーターースの雄たけびは最高に素晴らしい!
アルブレヒト指揮のパルジファル(クルト・モルのグルネマンツ!)、シュタイン最後のN響パルジファル、バレンボイムのワルキューレでいずれも感銘を受けました。

・プラシド・ドミンゴ、このスーパー・テノールも、当然ながらワーグナーもレパートリーにした。
全曲盤がない役柄もあるが、ワーグナーのすべてのテノール役を録音している。
ヨッフムのマイスタージンガーが初ワーグナーだったと思うが、どうもわたしには、ドミンゴのテカテカした声と分別くさいほどの知的歌唱がワーグナーにおいては、あまり好きではないです。
それでも、メトの来演で、ジークムントを聴いて満足の極みだったというげんきんの極みの自分。
余芸でバイロイトでもワルキューレを指揮したけど失敗に終わった。

・ロバート・ディーン・スミス、アメリカ産、リリカルな役柄でスタートして、ついには有能なトリスタンとなった。
ヴァルター、ローエングリンにジークムント、トリスタンとバイロイトでは大活躍。
日本にも何度か来日してたけど、新国でジークムントを聴いてまして、そのときのフンディングがマッキンタイアだったのもいい思い出です。
キリリとした、すっきり系のテノール。
最初はスリムで舞台映えもよかったけど、だんだんとお腹ぽっこりに。

・ベン・ヘップナー、カナダ生まれのヘルデン。
90年代に大いに活躍し、高貴さ漂う声は安定していて、大柄な割にスマートで凛々しい歌唱だった。
日本には来てないかもしれないが、多くの巨匠から愛用されて、レコーディングはたくさん。
自分的にな、アバドのトリスタンがヘップナーだったので、何度も書いてますが、正規発売を熱望。
ヘップナーは2015年に引退してしまいました。

エンドリヒ・ヴォトリヒ(早逝してしまいましたが、新国でジークムント観劇)、アルフォンソ・エーベルツ、ウィリアム・ペルなどもバイロイトで活躍。

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・ペーター・ザイフェルト、ルチア・ポップの旦那さんだった歌手。
モーツァルト歌手的なイメージからスタートして、やはり、軽めの役柄から入り、ヴァルター、ローエングリン、パルジファル、ジークムントとたどって、ついにはトリスタンも立派に歌うようになった。
トリスタン役、どうだろうと思ったが、これがまた実に立派で、リリカルななかに、独特の高貴さがあり、一方で甘く優しい中音域も素晴らしい~ウィーン国立歌劇場のストリーミングを視聴。
ザイフェルトは、バイエルン来演のときにヴァルターとエリックを観劇。

・トマス・モーザー、アメリカ生まれでその後ウィーンへ。
最初はモーツァルト歌手だったと思うが、90年代にヘルデンの声域まで歌うようになり、主にウィーンで活躍。
バイロイトには出ていないはずだが、ティーレマンのトリスタンがCD化されて、そのブリリアントな声に驚いたものだ。

・ロバート・ギャンビル。こちらもアメリカ生まれの歌手。
モーザーと同じく、モーツァルトやロッシーニ歌手としてスタート。
実は、ワタクシ、もうかれこれ30年以上まえ、唯一のウィーン訪問でフォルクスオーパーで魔笛を観劇。
そのときのタミーノがギャンビルだった。ぴか一の美声でひとり目立ってました。
その後、驚くべきことに、タンホイザー歌手としてギャンビルの名前とドレスデン国立歌劇場の来演でその声を聴いたときに驚いたものです。
モーザーと同じく、トリスタンまでレパートリーを広げました。

・ウォルフガンク・シュミット、バイロイトで18年にもわたり活躍した歌手で忘れてはならない存在。
レヴァインとシノーポリのリングでずっとジークフリートを歌い、タンホイザーとトリスタンも歌った。
さらに、ユンクと同じく、ミーメ役としても帰ってきた。
ちょっとクセのある声だが、破壊力とパワーは抜群だし、小回りも効く器用なヘルデン。
わたしのシュミット実演は、ドレスデン来演でのジークムント、キャラクターテノールとしての体験は、新国サロメのヘロデとミーメ。
当時のblogを読み返してみたが、ヒッヒッヒのミーメでなく、ウッヒッヒッヒのミーメと書いてあり笑えた。

・クリスティアン・フランツ、われわれ日本人にとってお馴染みの歌手のひとりだろう。
バイロイトでは、ティーレマンのリングのときのジークフリートで、ほかの劇場でもジークフリートのスペシャリストみたいな存在。
クリアな声で明晰、明るめな天真爛漫のジークフリートは、スタミナも十分で最後まで元気。
新国でジークフリートを2サイクルと、バレンボイムのトリスタンなどを観劇、いずれも文句なし。
息の長い歌手で、来年のびわ湖ではパルジファルを歌う予定。

・ヨナス・カウフマン、ミュンヘン生まれのいまやスーパー・スター。
経歴を見てみたら、ホッターとキングに学んでいるとのことで、カウフマンの言葉にのせる歌唱力の高さとバリトンがかった厳しい声が、なるほど、という思いがしました。
役柄への挑戦も慎重かつクレヴァーで、徐々に重い役柄に挑戦し、ローエングリンから、ついに今年はトリスタンを歌う歌手になった。
ドイツもの以外でもひっぱりだこで、ラダメス、オテロ、カヴァラドッシ、ホセなど映像もCDもたくさんだけど、バイロイトは1年のみ。
人気がありすぎて、ちょっとワタクシは引き気味だったけれど、今年のトリスタンを視聴して、やはりカウフマンは凄いな、ということになりました。

・ステファン・グールド、アメリカ生まれのヘルデンで、いまやバイロイトはおろか、世界のワーグナー上演に欠かせない歌手。
大柄で舞台映えもするが、スマートなカウフマンやフォークトに比べると、ちょっとデカすぎ。
その体格どおりに、声のパワーは抜群だが、繊細な歌いまわしや心理描写もうまく、知的な歌手でもある。
バイロイトでは、タンホイザー、ジークフリート、トリスタンを歌っていて、日本でも数多く舞台に立ってます。
わたしは、新国で、フロレスタン、オテロ、トリスタンを観劇、いずれもとんでもなく素晴らしかったが、ジークフリートは観ることができなかったのが残念。

・クラウス・フローリアン・フォークト、北ドイツ出身で、ハンブルクのオケでホルン奏者だった経歴を持ち、そのあたりイェルサレムに似てる。同時に歌もはじめ、最初はモーツァルトやドイツロマンティックオペラの軽めな役柄からスタートし、なんといっても2007年、カタリーナ・ワーグナー演出のマイスタージンガーでヴァルターを歌ってバイロイトデビューして、脚光を浴びた。
そのデビューをFMで聴いた自分は、その軽めな声に、ずいぶんと頼りない声だな、なんて不遜なことをつぶやいてました。
しかし、その後フォークトを次々に聴いて、どんな役柄でも、フォークトならではの声と歌い口で自分のものにしてしまう、その実力と歌唱の力に感服するようになりました。
ともかく美しい声で、そのしなやかさはヴィロードのよう。馬力もあってオケや合唱、ほかの歌手のなかにあっても、しっかりとその声を響かせ聴き手に届けることができる。
今年のジークムントもスマートかつ明晰な歌で、悲劇臭は薄いものの、実に新鮮なジークムントとなりました。
フォークトがトリスタンやジークフリートを歌うことはまずないと思いますが、2枚のソロアルバムでは少し聴けます。
ハンサムで子煩悩なところも、フォークトさん好印象です。

・アンドレアス・シャガー、オーストリア出身のヘルデンで、バレンボイムに多く起用されるようになって、メキメキと成長し、バイロイトの次期ジークフリートを担うようになった。
ちょっと楽天的な声なところも感じるけど、声に厳しさが増せばさらによくなる歌手だと思います。
今後に注目のシャガーさん、実演で早く聴いてみたい。

カウフマン、グールト、フォークトが、今現在の3大ワーグナー・テノールだと思います。

ここでは、書けなかったけれど、ランス・ライアン、クリストファー・ヴェントリス、ステファン・フィンケ、サイモン・オニール、ステュワート・スケルトンなど、いままでも、これからも私たちを魅了してくれることでしょう。

日本人歌手については、またの機会に取り上げたいです、なんたってお世話になりましたし、心強かった!

Sky

もうひとつのタワー、スカイツリー。
竹芝桟橋から撮りましたので遠いですが、これはこれで美しい。

ずいぶんと長文を書いてしまいました・・・・

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2021年8月14日 (土)

ブリテン 戦争レクイエム マルヴィッツ&ティーラ

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靖国神社の外苑の慰霊の庭には、こうした桜をモティーフにした陶板があります。

東京の開花宣言の標本木があるように、靖国神社といえば、「桜」でもあります。

各都道府県の土を実際に使用して、各都道府県の陶芸家が作成。

こちらは茨城県笠間市。

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夜間は中にある照明で、うっすらと輝きまして、とても美しいのです。

こちらは兵庫県丹波篠山。

靖国神社は国のために命を燃やした英霊たちを祀ってますが、坂本龍馬や吉田松陰、高杉晋作ら、幕末の志士たちも含まれてます。

戦士した方も、一般の戦没者も、終戦の日には、心から慰霊の念を込めて黙祷します。

毎年、ブリテンの「戦争レクイエム」をこの時期に聴きます。

1961年に作曲完成、1962年に初演。
今年と来年で60年となります。
心からの反戦主義者であったブリテンが、オーウェンの詩とラテン語典礼文を巧みにつなぎ合わせて作った平和希求のレクイエム。
ブリテンの見て思った戦争は、ヨーロッパ戦線でしょうが、日本の太平洋戦争はあまり視野にはなかったかもしれない。
ヨーロッパの街々が戦場となりましたが、終戦から15年を経過したイギリスにいたブリテンに、焦土と化した被爆地や無差別爆撃を受けた街の様子は届いていたでしょうか。

しかし、日本には、戦争レクイエムの22年前、シンフォニア・ダ・レクイエムを奉じてます。
皇期2600年の祝典になにごとぞ、ということにはなりましたが、結果としてはそちらも鎮魂曲として、平安を祈る音楽となっていて、ブリテン好きの日本人としてはありがたい思いです。

今年は女性指揮者たちによる「戦争レクイエム」を。
いずれも海外のネット配信を録音して個人的に楽しんでいる音源です。
 ついにバイロイトにも女性指揮者が登場し、世界のオーケストラのシェフにも女性の名前が目立つようになりました。
女性だから、ということでなく、真に実力のある指揮者たちが、ここ数年で多く輩出され、第一線で活躍するようになった。

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  ブリテン 戦争レクイエム

         S:アンネ・デロアード
       T:タデウシュ・シュレンキェール
      Br:サンミン・リー

  ヨアナ・マルヴィッツ指揮 ニュルンベルク州立フィルハーモニー
               ニュルンベルク州立劇場合唱団
               ハンス・ザックス合唱団
               ニュルンベルク・コンサート合唱団
               テルツ少年少女合唱団

      (2019.7.13 @マイスタージンガー・ハレ、ニュルンベルク)

1986年生まれ、ヴァイオリンとピアノを学びつつ、指揮にも興味を持ち、ハノーヴァーでピアノに加え、指揮の勉強もします。
ここでは放送フィルハーモニーにいた大植英次にも学んでます。
ハイデルベルクの劇場でオペラデビュー、次席指揮者となり、さらに次はエアフルトのオペラハウスへと移り女性初の音楽監督となる。
ここでは、座付きオーケストラを、コンサートオーケストラとしても機能させる仕組みをつくります。
ピアノのソロをつとめつつ指揮を行うコンサートも評判に。
そして、2018年には、さらにステップアップして、ニュルンベルク州立劇場の音楽監督に就任し、現在に至ります。
シーズン最初の演目は、プロコフィエフ「戦争と平和」「ローエングリン」で、その後「ピーター・グライムズ」「ドン・カルロ」も指揮。
地方のハウスから、州立劇場の指揮者に、かつてのドイツのオペラ指揮者のような叩き上げ方式の躍進ぶりです。
2000年には、ザルツブルク音楽祭初の女性オペラ指揮者として、コロナ禍の「コジ・ファン・トウッテ」を指揮したことはご存知のとおり。
しかし、先ごろ、マルヴィッツは、ニュルンベルクのポストを継続せず、任期の2023年に終了させることを発表しました。
妊娠したこと、それから、そろそろまた後のことを考えるため、と語っているそうで。

すぐれた芸術家は、先を見据えた考えや行動がとれるものです。
子育てをしながらも、次はどんなポストに就くのか、その生き方とともに、とても楽しみです。

マルヴィッツの演奏は、CDとしては「メリー・ウィドウ」がありますが、そちらは未聴。
ザルツブルクの「コジ」は視聴済み。
ネット放送で、シューベルトやベートーヴェン、悲愴、夏の野外コンサートでのガーシュインやバーンスタインなど、記事にしたローエングリンなどを聴いてますが、いずれも明快・率直でオーケストラもよく鳴らせて気持ちのいい演奏です。

Mallwitzjoana

凛々しいマルヴィッツさん。

指揮姿も長身で、腕も長くピアニストならでは、指先までもニュアンスゆたか。

ブリテンの音楽のひっ迫感とのっぴきならない緊張感をみごとに引き出してる。
オペラの道を歩む指揮者として、劇性も豊かにダイナミックで、聴いていてレクイエムにはなんですが、わくわくさせてくれるし、ニュルンベルクのオケのブラスセクションの迫力と優秀さをも感じさせてくれます。
ドイツの「戦争レクイエム」という感じで、次に取り上げる、ザルツブルクの演奏とはちょっと違ったローカル感もあり。
ソロ歌手3人は、劇場の専属メンバーで、ややオペラ風に傾くところが、とくにバリトンの方がなんではありますが、合唱もふくめ、日ごろのチームをしっかりまとめ上げ、きっとおそらく、みんなが初めて戦争レクイエムを演奏したであろう方々を、見事に率いたマルヴィッツの実力は間違いないと思います。
 ドレスデンとの契約を満了後は更新しないと言うティーレマンのあととか、バイロイトとか・・・・・
勝手に妄想中。

Grazinytetyla

   ブリテン 戦争レクイエム

         S:エレナ・スキティナ
       T:アラン・クレイトン
      Br:フローリアン・ベッシュ

   ミルガ・グラジニーテ=ティーラ指揮

        グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ
                        ウィーン放送交響楽団
        ウィーン学友合唱団
        ウォルフガンク・ゲーッ合唱団

        ザルツブルク音楽祭、劇場少年少女合唱団

  (2021.7.18 @フェゼンライトシューレ、ザルツブルク音楽祭)

演奏会の冒頭に、メンデルスゾーンの短いカンタータ「私たちに平和を与えてください」が穏やかに演奏されて、そのまま静かに「戦争レクイエム」が始まります。
グラジニーテ=ティーラは、コンサートのプログラミングがとてもうまく、その切れ味のいい音楽造りとともに、いつも驚きを与えてくれる指揮者であります。

1986年生れなので、マルヴィッツと同い年です。
リトアニアの音楽一家のもとに生まれ、チューリヒ、ライプチヒ、ボローニャ、グラーツ各地で学び、2011年にハイデルベルクの劇場指揮者からキャリアスタート。
ベルン、ザルツブルクのそれぞれの劇場を経て、オペラキャリアも積み、アメリカではシアトル、サンディエゴ、そしてロスフィルも指揮して、ロサンゼルスでは2014~16年に、ドゥダメルのもとで副指揮者となります。
同時にザルツブルク州立劇場の音楽監督となり、ザルツブルク音楽祭でも、マーラー・ユーゲントを指揮してデビューします。
2015年にネルソンスのもとでバーミンガム市交響楽団の首席客演指揮者となり、2016年にはバーミンガムの音楽監督に就任。
こんな風に、その実力に裏付けられたキャリアを着実に歩むティーラさんなんです。

昨年は、第2子を身ごもりながら、コロナ感染してしまい、しかし、それも見事に完治し、赤ちゃんも生み育てるしっかりものです。
DGと専属契約も結び、CDも徐々に出始めてますが、残念ながら、バーミンガムのポストは任期満了となる2022年には更新しないと発表してます。
一部情報によると、ザルツブルクで子供たちと過ごすなか、イギリスのEU離脱で、イギリス入国手続きが煩雑になったことなどがあげられてます。バーミンガムは首席客演指揮者となって良好な関係は継続するとしてます。
 それにしても、バーミンガムは、ラトル、オラモ、ネルソンスと実力指揮者が次々と歴任し、それぞれに録音にも恵まれました。

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さて、今年のザルツブルク音楽祭の開幕をかざったミルガの「戦争レクイエム」。
昨年、本拠地バーミンガムでの演奏がコロナ禍で中止となり、今年はザルツブルク音楽祭に手兵を引き連れて凱旋する予定だった。
しかし、これもまたコロナ対策で、待機スケジュールがうまく取れず、バーミンガムの訪墺が不可となり、マーラー・ユーゲントとオーストリア放送響との演奏になりました。
劇的なマルヴィッツに比べ、ホールの響きの違いもありながら、ミルガさんの演奏は、流麗さを感じる美しいものに感じました。
ことに典礼文を歌う合唱部分の静けさ・美しさは特筆で、ラスト、「リベラ・メ」の「彼らを平安のなかに、憩わせたまえ・・・」には涙がでるほどに感動した。
この終結部に至り、冒頭のメンデルスゾーンの清らかな音楽と、ブリテンの切実な音楽とが、しっかりとつながり、関連付けられるのも実に見事なものでした。

実績ある、3人の歌手たちは、それぞれ、ロシア、イギリス、ドイツと初演のときと同じ国柄を採用していて、いかにも国際色豊かな音楽祭であります。
なかでも、スキティナのソプラノがきらりと光ってます。

ふたりの若い女性指揮者の「戦争レクイエム」、どちらも捨てがたい桂演でした。
先輩指揮者の、シモーネ・ヤングさんや、オールソップさんの演奏も聴いてみたいものです。

作曲者自身の63年の録音を原典として、作者以外の指揮による録音は83年のラトルまでなされなかった。
ブリテンのオペラも含めて、いまや、指揮者や劇場のレパートリーとして定着しました。
ブリテンの死後、いやラトルによる録音後に生を受けている女性指揮者たちが、こうしてブリテンの名作を取り上げていることに、隔世の感を抱くとともに、音楽をこうして聴いてきて、こんな多彩な楽しみができることに大きな喜びを禁じえません。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以下は、毎度の再掲。
我ながら、よくまとまってるので、自分で聴くときに参照にしたりしてます。

3人の独唱、合唱、少年合唱、ピアノ・オルガン、多彩な打楽器各種を含む3管編成大オーケストラに、楽器持替えによる12人の室内オーケストラ。
レクイエム・ミサ典礼の場面は、ソプラノとフルオーケストラ、合唱・少年合唱。
オーエン詩による創作か所は、テノール・バリトンのソロと室内オーケストラ。

この組み合わせを基調として、①レクイエム、②ディエス・イレ、③オッフェルトリウム、④サンクトゥス、⑤アニュス・デイ、⑥リベラ・メ、という通例のレクイエムとしての枠組み。
この枠組みの中に、巧みに組み込まれたオーエンの詩による緊張感に満ちたソロ。
それぞれに、この英語によるソロと、ラテン語典礼文による合唱やソプラノソロの場面が、考え抜かれたように、網の目のように絡み合い、張り巡らされている。

「重々しく不安な感情を誘う1曲目「レクイエム」。
 戦争のきな臭い惨禍を表現するテノール。
 曲の締めは、第2曲、そして音楽の最後にあらわれる祈りのフレーズ。

②第2曲は長大な「ディエス・イレ」。
 戦いのラッパが鳴り響き、激しい咆哮に包まれるが、後半の「ラクリモーサ」は、悲壮感あふれる素晴らしいヶ所で、曲の最後は、ここでも祈り。

③第3曲目「オッフェルトリウム」。
 男声ソロ二人と、合唱、二重フ―ガのような典礼文とアブラハムの旧約の物語をかけ合わせた見事な技法。

④第4曲「サンクトゥス」。
 ピアノや打楽器の連打は天上の響きを連想させ、神秘的なソプラノ独唱は東欧風、そして呪文のような○△※ムニャムニャ的な出だしを経て輝かしいサンクトゥスが始まる。

⑤第5曲は「アニュス・デイ」。
 テノール独唱と合唱典礼文とが交互に歌う、虚しさ募る場面。

⑥第6曲目「リベラ・メ」。
 打楽器と低弦による不気味な出だしと、その次ぎ訪れる戦場の緊迫感。
やがて、敵同士まみえるふたりの男声ソロによる邂逅と許し合い、「ともに、眠ろう・・・・」。
ここに至って、戦争の痛ましさは平和の願いにとって替わられ、「彼らを平和の中に憩わせたまえ、アーメン」と調和の中にこの大作は結ばれる。

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3つ並んだ東京、神奈川、千葉の桜。

この1都2県を行ったり来たりしてる自分です。

過去記事

「ブリテン&ロンドン交響楽団」

 「アルミンク&新日本フィル ライブ」

 「ジュリーニ&ニュー・フィルハーモニア」

 「ヒコックス&ロンドン響」

 「ガーディナー&北ドイツ放送響」 

 「ヤンソンス&バイエルン放送響」

 「ネルソンス&バーミンガム市響」

「K・ナガノ&エーテボリ交響楽団」

「ハイティンク&アムステルダム・コンセルトヘボウ」


「デイヴィス&ロンドン響」

「ハーディング&パリ管」

「パッパーノ&ローマ聖チェチーリア」

Ninomiya

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